星守の城
@wiww
第1話 朝の登校
―ここには、何か特別がある。ひどく不快なことに。-
日が、西の山々の向こうから浮かびあがり鶏たちが声を上げ始めた。丘の斜面に面したこの家には朝になると寝室にも日が差し、私の目を覚まさせる。寝室を出て、隣の居間に出ると住み込みの従者である矢部がすでに朝食の準備をしている。竈の前に立って作業をしながらこちらを見ることもなく
「先生、おはようございます。昨夜はよく眠れましたか。」
と毎朝おなじみのセリフを述べる。私も
「ああ。おはよう。君はどうですか。」
と目をやることもなく返す。矢部は「ぼちぼちです。」と、やはりいつものように答えて紅茶をカップに注いでくる。紅茶をすすりながら窓の外を眺める。丘のふもとの街並みと山々に朝日が差す景色は十数年と経っても変わらず素晴らしい。そうこうしているうちに矢部は朝食の準備を済ませて竈の前からこちらにやってくる。
「今日は、どうしましょうか。送りますが。」
私は、少し考えたふりして
「いや、いいです。自分で行くことにします。今日は朝一から授業があるから昼に部屋で会いましょう。」
朝食を終えると、書斎に向かって机に積み上げられた紙束の中から今日の授業に関するものを見つけ出し本棚から二冊の本を抜き出す。それらを縛って肩からぶら下げ、矢部が準備してくれた弁当を受け取って家を出る。庭に植えた木の枝先の蕾は、数日前と比べて大分膨らんできており、開花ももうすぐだろう。家の門を抜けて丘を登る階段を暫く上がっていくと広い大通りにでる。まだ、朝も明けたばかりだが多くの人が行き来し、商店からは威勢のいい声が響いている。
なじみの店の主の挨拶に適当に会釈をして、人の間をぬけながら丘の等高線を縫うように這う大通りを南に向かっていく。この大通りは城壁の外縁に造成され、等高線に沿って丘を一周している。周囲は10㎞あまりで商店が城壁の対面に所狭しと並んでいる。徒歩で入城するには南にある城門まで行かなくてはならないため、十数分ほど歩いていく。―
着いた城門の前は簡単な広場になっており、礼拝に訪れた人々が城門にむかって何事かを唱えながらひれ伏して並んでいる。それを横目にして、私は正式な城門の脇にあるこじんまりした門番の詰め所に向かう。
「おはようございます。先生。今日は徒歩ですか。精が出ますね。」
「おはようございます。時々歩いておかないと、最近運動不足でして。」
軽く話を交わすと、門番に詰め所の奥に通される。鍵で硬く閉められた扉を開けて、暗い通路の中を進んでいく。はるか昔の築城当初に作られた隠し通路で、私以外に使うものはいない。柵を開けて通路の外に出ると、そこは野原が広がっている。城壁の外は、街並みがその発展と供に丘の裾にどんどんと伸び、野原は今では遥か遠くの景色である。一方、城壁の中は城壁が建てられた当時を保ったままで、私はこの景色を気に入っている。城門からまっすぐに伸びる白亜の階段の脇の原っぱを足取り軽く登っていく。私は子どものような気持ちで、朝の空気を肺に吸い込んで学校へと向かった。
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