幼馴染の美少女が陰謀論者すぎてやばい

丸助

file1 怪奇!? お隣さんの美少女は陰謀論者!


 ちょっと最初にある話を聞いてほしい。

 小難しい話に見えるかもしれないがそんなことはない。


 ウイルス対策ソフトウェアを開発する---ノートンライフロック社を知っているだろうか。ノートンってやつだ。ほらあの黄色いパッケージの。アダルトサイトのウイルスから俺たちを守ってくれているアレだ。


 そんな愛すべきノートンライフロック社はセキリュティソフトウェアの業界で長年トップを走り続けている。

 

 それはなぜか。


 至極単純明快な話。


 ノートンライフロック社のセキュリティがまじヤバみがポヨかったからだ。

 当時、ノートンの防御力は正に鉄壁。他社のセキリュティソフトとは比べものにならない圧倒的な守備力を誇っていた。

 次々に生み出されるコンピュータウイルスの脅威に立ち向かえるのはノートン製品だけ。

 当時蔓延っていたウイルスの大半は、ノートンのセキリュティに敗北して行った。ノートン無敗伝説。ここに極まれり…!


 当時の世はコンピュータウイルス戦国時代。他社のセキュリティソフトでは歯が立たない新型ウイルスが次々と出現する。このままではこの世界のコンピュータが悪しき者たちに支配されてしまう。


「ぐーへっへっ。セキュリティソフトはカスばっかりだな。ぐへへっへへ!」


「そこまでだ貴様ら! もう大丈夫、ノートンが来た!」


 だがそれを、颯爽と現れたノートンのセキリュティがそれを駆逐していく。

 さながら無敵のスパーマン。他社のセキリュティはノートンを際立たせるためのかませ犬に過ぎなかった。


 だが…。


 ノートンの裏に隠れる黒い噂。


 もしその戦いが、全てマッチポンプだったら?


 かつて、ノートンライフロック社のセキュリティでなくては防げないウイルスが大量に存在した。

 

 そう…。


 ノートンでないと防げないウイルス・・・・・・・・・・・・・・・・が大量に存在した。


 そしてそれを、ノートン社がばら撒いていたのだとすれば…?


 ノートンがばら撒いたウイルスを、ノートンが駆逐していたのだとすれば?


 抗体を持っているということは、その病気を再現できることに他ならない。

 治せる、ということは罹らせることが可能ということ…。

 ---抗体は病原から生み出されるのだから。


 他社が新商品を出すたびに登場する新型ウイルスの数々。


 ノートンが持つ技術の真価とは、ウイルスを倒す技術ではなく、ウイルスそのものを生み出す力だったとすれば。ウイルスを生み出しばら撒いて、それを防げるプログラムを施されたソフトで儲けるのが目的だとすれば。

 今ネットに蔓延るウイルスは、ノートンが生み出したものなのではないか?

 それを倒すためにノートンを我々は購入しているのではないか?

 突拍子も無い話かもしれない……。

 けれど俺たち市民はコンピュータウイルスからパソコンを守る存在を知っていても、そのウイルスの開発者が誰なのか…彼らが逮捕された話なんて、滅多に聞かないだろう…。

 つまりは、そういうことなのだ


…………。

…………。

………とまあゴリゴリの営業妨害はここまでにして、上記の話にはなんのソースもなければ信憑性もない、今この場ででっちあげたそれっぽい話に他ならない。



 世の中にはこういう根も葉も無い噂が蔓延っているというわけである。

 これこそが本当のウイルスと言っていい。

 さあ、心にノートンをインストールしよう。

 こういうクソみたいな眉唾に騙されないように…。


 俗にいう陰謀論。

 世界を裏で操る巨大な陰謀が存在するという仮説。


 紀元前から世界を支配するユダヤ人。

 13評議会による新世界秩序。

 フリーメイソンにイルミナティ。


 世界を裏で操る闇の組織についての噂。


 まあでもそんなの高校生にもなった俺からすれば、ぶっちゃけサンタクロースや宇宙人と同じで「いようがいまいが知ったことか」ってのが本音のところだ。

 信じるか信じないかはあなた次第です。って言っているやつらに本気で信じてるやつなんているのだろうかって話だ。

 結局、俺たちにとって世界を裏で操る組織も陰謀も全部エンターテインメントで面白いから持て囃しているだけだ。


 高校生にもなれば、虚構と真実の分別くらいはつく。


 だけど…。


「音成くん! 大変よ。組織の陰謀に気づいてしまったわ!」


「………今度はどうしたんだ?」


 我が幼馴染の月野夜子は一味違う。

 夜子は苦い表情で呟く。世界の真実を背負ったように…。


「私たちがお隣同士なのは、組織の陰謀だったのよ!!」


 俺たちは今、お互いの部屋のベランダに出て会話していた。

 ときどきこうして俺たちは、夜中二人で語り合うのだ。

 当然そんなことができるのは、家がお隣同士だからである。


 そして我が幼馴染の月野夜子からすれば…俺と彼女の家が隣同士だというのも組織の陰謀なのだという。


「……というと?」


 一応聞き返してみる。

 まーあれだ。無視すると後が怖いのだ。


「これはとても恐ろしい話だわ……音成くんを巻き込んでしまうかもしれない」


「ならいいぞ別に」


「………………」


「………………」


「………組織の狙いは私の定常化よ」


「話すんかい…」


 どうやら俺は組織の恐ろしい陰謀とやらに巻き込まれることになったらしい。

 まあ俺とお隣同士なのが陰謀な時点で俺はここに引っ越してきた十年前から組織の陰謀に組み込まれていることは確定なんだけれど…。


「定常化……つまり私の変貌を恐るが所以の臆病な防御策。完全に先手を打たれたということね」


「はぁ」


 ちょっと何言ってるかわからないですね。


「あなたが私の家の隣に引っ越してきたのは、確か十年前だったわよね」


「そういや、そんくらい経つな」


「そして私がこの世界の異常に気がついたのは同じ年。私が6歳のときだった」


「…?」


「これが偶然だとは思えない。あなたの引っ越しは、全ては奴らに仕組まれていたのよ」


「ほほう、それはそれは」


 幼馴染が6歳の頃から陰謀論者だったことは一先ず置いておいて、とりあえず話を聞いてみようと思う。俺の引っ越しが仕組まれていた。それはつまりどういうことなのだろうか。


「私は既に組織の監視下にあるわ。この世界で組織の存在に気がついている者は限りなく少ない。私はその一人……つまり奴らにとっては宿敵、いや天敵とすら呼んでもいいかもしれない。今この瞬間にも奴らは私の一挙手一投足に目を光らせている。私の言動、そして生活の全ては奴らのアカシック・アーカイブに記録されているわ。私が組織について他人に漏らせば、恐らく組織は実力行使に出るはず…!」


「ぇ、じゃあ俺も危なくね?」


「そうね。でも大丈夫。あなたは死なないわ。私が守るから」


「あ、綾波?」


「とにかく、組織の連中が私に望むのは『平凡な女子高生』であるという今の状況よ。私が普通に学校に通って生活している今この瞬間から私を進化させたくないの。私が本格的に活動すれば、反組織派の篝火となることに気がついているのね」


「要するに…組織はお前が怖いから女子高生でいてくれってことか? で、それと俺とお前の家が隣同士であることになんの関係があるんだよ」


「それはあなたが私がここを離れない理由だからよ」


「……」


「私はあなたとこうして語らう日々を楽しいものだと思っている。この日常を受け入れてしまっている。だから私は組織との戦いに全神経を向けることができない。そう…私はあなたが側にいることで、牙を抜かれてしまっているのよ!」


「…なん、だと」


「私のこの気持ちも、あなたとの時間も、全ては組織に仕組まれたものだったのよ! 全ては私をこの町に留めて、無害な女子高生として日常に縛り付けるため…っ」


 なんだか想像の斜め上に話が展開しているが、まあ見守ろうじゃ無いか。


「そう! あなたが私の家の隣に引っ越してきたのは、あなたを私の抑止力とする組織の策謀だった…。音成くんの正体は私の定常化を目的として送り込まれたエージェントだったのよ!」


「はー、そういう感じか」


「きっと、あなた自身にその自覚はないんでしょう。でも、考えても見て。こんなに気があう二人が、家が隣同士になってこうしてベランダ越しに語り合えるようになるなんて、普通じゃありえない確率よ。あなたと私がこうしてお隣同士になれたのは決して偶然なんかじゃない。組織の連中によって定められた必然だったの…恐らく、あなたは私の遺伝子バンクの元から算出された最も相性のいい存在なのよ」


「……なるほどなぁ」


「ショック、でしょうけど。残念ながらこれが真実よ。私たちがお隣同士になってこうしてベランダに出て語らうことができるのも、全ては組織の手のひらの上とうことね。もっと、早くに気がつくべきったわ…」


 夜子は、今にも泣き出しそうな声で呟く。


「私…どうしたらいいの? あなたとの時間はとっても楽しいのに、でもそれが組織による陰謀だってわかって…でも、この日々を失いたくはない。許せない…私の心をこんなにも弄んで…っ! 組織が憎い!」


「夜子…」


「私には組織と戦う使命がある! 私はいつかここを離れて組織との戦いに身を投じなくちゃならない! だけどっ、私は同じくらい強い気持ちでこの日々を失いたくないと思っている。音成くん…私どうすればっ」


「……」


 ……まあ正直な話をすると、俺はこいつの語る『組織』やらなんやらの話を全くと言っていいほど信じていなかった。彼女の語る陰謀論は基本突拍子もなさすぎて、側から見れば乱暴な空想でしかない。ぶっちゃけかなりのレベルの電波ちゃんだ。頭がバグっていると言われても仕方がないかもしれない。

 

 けれど俺は彼女と知り合ってからの十年間、こいつの話を否定したことはなかった。

 夜子の語る陰謀論を嘘だと切り捨てたことはなかった。


 それは幼馴染だからか?

 妄想癖がかわいそうだからか?

 あわよくば付き合いたいからか?


 まあそれは少しあるけれども…でも一番は俺が「俺自身の真実も信じていない」からだろう。


 俺の目に見えているものなんて、この世界では氷山の一角に過ぎないこともわかっている。


 紀元前から世界を支配するユダヤ人。

 13評議会による新世界秩序。

 フリーメイソンにイルミナティ。


 いいじゃないか。陰謀論。

 どうせ言うだけ自由だ。けっこうだ。

 誰もそれを真実だと証明できないように、誰もそれを嘘だと証明できない。

 

 だからそれが「夜子の中での真実」である限り、俺はそれを否定することは決してない。


 俺は誰かを否定できるほど、俺は自分の正しさに自信を持っていないからだ。


「夜子…お前がもし組織と戦うためにここを離れるというなら俺は引き留めはしないさ。でももし、お前がそこに少しでも迷いを感じると言うのなら、それこそ組織の連中の思う壺じゃないか?」


「!」


「お前を惑わせる。っていう組織の策略に乗るくらいなら、今この瞬間を楽しんだ方がいいとは思わないか?」


「音成、くん…」


「戦い方は一つじゃない。誰かの敷いたレールの上でも、楽しく踊ったやつの勝ちだぜ」


「…そっか。うん。そうだね。やっぱり音成くんはすごいや」


 夜子は目尻に涙を浮かべてはにかんだ。心の底から嬉しそうに微笑んでくれた。どうやらお気に召す回答ができたらしい。でも俺が翻弄されっぱなしってのはちょっと嫌なので、少し意地悪してみることにした。


「けどさ夜子。お隣同士になったのは組織の陰謀っていうけど、俺たちの部屋がこうしてベランダで会話できるのは、お前が小学生のときに兄貴に頼み込んでその部屋を譲ってもらったからだろ? それはどう説明するんだ?」


「…え」


「俺とこうして喋りたかったから部屋を移ったんだろ? そこまで組織が計算してたって言うのか?」


「…ぁれ、へ、なんで知って」


「音成くんと隣がいい〜お兄ちゃんお願いだから〜って泣いてたんだってな。小六の時」


「!!!」


 かぁぁぁぁっ、と茹で蛸みたいに顔を火照らせて夜子は俯いた。彼女の艶やかに伸びた黒髪で、茹だった頬が隠される。もじもじと体をうねらせて恥じらっている。何をいうべきか悩んでいるのが見て取れる。


「…そ、それも陰謀っ」


 すると苦し紛れに夜子は呟く。

 かなり切羽詰まっているようで、小刻みに体が震えている。

 

「へー、どんな」


 でも俺は追撃の手を緩めない


「ま、前の部屋は、監視衛星の軌道上に入ってたから…変わってもらっただけ! 組織の奴らに見張られているのがウザかったからで、別に音成くんは関係ないもん」


「ほほう。監視衛星」


 よくもまあそんな話が思いつくもんだと感心していると、夜子は俯いて顔を隠したまま窓を開けて部屋に足を踏み入れる。


「も、もう寝る!」


 ガララララ、バタン!

 と窓を閉めて、部屋に戻ってしまった。


 けどしばらくしてから…。


 ゆっくりとと窓が開いてひょいと夜子が顔を出すと、恥ずかしそうに頬を赤らながら口を尖らせる。


「おやすみ」


 こういう律儀なところは昔から変わらない。


「おう、おやすみ」


 俺もそうやって返す。


 すると満足したのか、夜子はモグラのように顔を引っ込めて部屋へ戻った。しばらくすると彼女の部屋の電気が消える。女子の消灯時間がわかると言うのは、なんだかそれだけで幸せな気持ちになるな、と俺は美少女の隣に引っ越させてくれたという組織の連中に心の中で感謝を告げる。ありがとうユニオン。これからもよろしく。


「組織の陰謀、ねぇ」


 何度も言うが、俺は夜子の語る陰謀論とやらを信じていない。俺にとって夜子の話は宇宙人やサンタクロースとなんら変わりないファンタジーだ。


 だけど俺は彼女を否定しない。俺が陰謀論を信じていないように、俺は自分の目に見えている世界も信じていないからだ。ニュースの内容も、今見えている星空も、明日が訪れるって当たり前の未来も…。

 俺は、嘘も本当も信じていない。

 だけどそれは別に、何も信じていないってわけじゃない。

 俺は人間不信だとか、そういう格好いいものでもない。

 俺はただ、何を信じるべきかわかっているだけのことなのだ。


 俺が信じているのは十年前。


 ここに引っ越してきたあの日から抱いている「この想い」だけだ。


 例え世界の全てが仕組まれていようと、世界の全てが虚構で満ちていたとしても、俺のこの恋心だけは本物だ。紛れも無い真実だ。

 だから俺は、この世の全ての嘘を否定しない。この世の全ての真実を肯定しない。俺にとっての本物は、この胸の中にあるアイツへの恋心だけなのだ。


 月野夜子。

 俺の未だ続く初恋の相手は、謎の組織と戦う(らしい)美少女だった。

 


 信じるか信じないかは、俺次第。


 

 

 


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