鬼から産まれた桃太郎

伊予福たると

おむすびころがりゃ運命の出逢い


 俺の名前は桃太郎。鬼を退治する有名な「桃太郎」と同じ名前だ。

 でも俺はこの名前を名誉だなんて思った事はない。

 前髪の生え際には立派な一本角、左右には鋭い鬼歯、産まれも育ちも此処、鬼ノ国。

 俺は鬼だ。

 鬼の癖になんで「桃太郎」っていうのか、むかし婆ちゃんに聞いた。

 母ちゃんが道端で産気づいて俺を産んだのが丁度桃の木の下だったから。という何の思い入れもないその理由を聞いた後、俺は90歳にして反抗期まっしぐらに走った…が、それが向かうべく母ちゃんは、と言うと熱狂的ファンになったロックバンドの追っ掛けでツアーツアーツアー三昧。

 飽きもせず鬼ノ国中飛び回っているらしい。

 俺の反抗期は向ける相手が空振りに、たった20年で静かに幕を閉じた。婆ちゃんに、「いい加減子供みたいな事してないでちゃんと御飯を食べなさい。心配させないどくれ。」って哀しそうな眼で塩むすびを差し出されたからだ。

 それまでの俺は拗ねて飯を食わなかったり、友達の家で飯をご馳走になったりして家には寄り付かないでいた。友達の家の母ちゃんの飯はオシャレで美味しくて羨ましかったが、婆ちゃんが差し出してくれた塩むすびが今まで食った物の中で一番旨かった。

 それ以来、俺は婆ちゃんの塩むすびが世の中で一等旨いと思っている。

 俺だってもう115年も生きてるんだ。鬼でいうとまだまだ子供だけどそれでももう落ち着いても良い年齢だ。

 俺に「桃太郎」なんて名付けた母ちゃんは憎いけれど、もっと憎いのは鬼を倒した桃太郎だって事に気付いた。

 其処で俺は考えた。

 桃太郎の子孫を俺がやっつける。

 やっぱり鬼が強かったって事を証明出来ればみんな俺を見直すし、もしかしたら桃太郎って名前の価値が上がるかもしれない。

 そう思い付いたら前は急げだ。

 

 「婆ちゃん、俺、人間界に行ってくる!

 桃太郎の末裔を倒してくる!」

 そう言う俺に婆ちゃんは「はぁ、なら、おむすびでも握らにゃねぇ。」と呑気に応えた。

 (俺は今から遠足に行くんじゃねぇんだぞ!

 隣の大都会迄徒歩10時間掛かるのに更に遠い所に行くんだぞ?

 それ、判って言ってんの?)

 俺は胸中不服に思った。

 土で出来ている俺の家は広い居間にちっこい台所が併設してあり、その奥が婆ちゃんの寝室になっている。

 上に上がる梯子があって、それを昇ると母ちゃんの部屋があるが俺は行った事がない。

 母ちゃんの思い出の品なんてムカッ腹が立って見る気にもならないし、興味もない。

 居間の戸棚に飾られてある母ちゃんの写真にだって目も向けない様にしている。

 俺の家族は婆ちゃんだけだ。

 俺の部屋は居間から四段程の階段を降りた地下に掘られてある。

 俺一人寝るには少し広めだけど俺は衣装持ちだから、洋服を飾る棚を付けたらその部屋もギッチリになった。

 棚からランニングシャツを取って、早々に着替える。

 桃太郎の子孫と闘うんだ。

 汗もかくだろうし、血しぶきも飛ぶだろう。 

 そんな時にお気に入りの服なんて着てられない。

 人間界が寒い事を想定してリュックにジップアップパーカーを放り込む。

 耳には炎をモチーフにしたシルバーピアス。

 俺が産まれて初めて仕留めた猪の歯で造って貰った首飾りを着けて、リュックを持ったまま居間へと上がる。

 一応、怪我した時の為に(いや、絶対無い自信はあるけど備えあればって事で、だ。)

塗り薬と、一応、タオル数枚、もしもの為に携帯の充電器。後は、鼻詰まりがあった時の為のハッカの葉…。

 鬼は何処までも見渡せる「千里眼」を持っていて、鼻でヒトを認知する。耳もすこぶる良い。まぁ、動物と同じだ。

 だから俺達にとって目を潰されるとか、鼻が詰まるとか、耳をやられるってのはオオゴトになるのだ。そのもしもにちゃんと備えるかどうかで喧嘩の勝敗を大きく左右する事を俺は幾多の喧嘩の上、学んだ。

 「婆ちゃん!」

 背負ったリュックを差し出すと、婆ちゃんが「ハイハイ。」と其処に金棒を差し込んでくれた。

 角に鬼歯、尖った耳に金棒でこれで何処からどう見ても立派な鬼だ。

 「夕飯迄には帰っておいでよ。

 今夜はカレーだから。」

 玄関で卸たての草履を履く俺の背中に婆ちゃんが呟く。

 「何時になるか判んねぇよ?

 だって、桃太郎の子孫との決闘だからな!」

 婆ちゃんから塩むすびの包を受け取った。

 「そうかい。

 じゃあ、婆ちゃん先食べとくかもよ?」

 「うん!

 あ、隠し味に、トマトソース入れてね!」

 婆ちゃんにそれだけ伝えると颯爽と家を後にした。

 外にでると、隣の菊魔きくまの父ちゃんが外で木を切っていた。電ノコの音が腹に響く。

 「菊魔の父ちゃん!菊魔、まだ投獄されてんの?」

 「おうよ。あの馬鹿、鬼神山の木をなぎ倒しやがった。

 鬼神様が祀られた国宝の山に入っただけでも罰当たりなのに…。」

 菊魔の父ちゃんは電ノコの電源を切ると、呆れた様に肩を竦めた。

 「ハハハハ、菊魔らしいや!」

 「それより桃太郎、どっか行くのか?」

 「ああ!俺、今から桃太郎の子孫をやっつけに行くんだ!」

 腕を差出して親指を立てて見せる。

 「いつも言ってたけどとうとう行くんかぁ?」

 これも、「いつもの事」と言わんばかりに菊魔の父ちゃんは呆れ顔を見せた。

 「ああ!行ってくる!

 菊魔にも、これから有名になる『桃太郎』は俺の事だって伝えといてくれよ!

 じゃあな!」

 菊魔の家は木造だ。

 菊魔の父ちゃんが大工だからだ。

 鬼の家には土、木、煉瓦、の造りが多い。

 煉瓦造りの家なんかは見栄え重視と、後は丈夫さだろうか。

 土は嵐の時なんかは本当に大変だけど冬暖かくて夏涼しい。

 木造は快適と丈夫さを兼ね備えた一番「問題ない」建物と言えるんじゃないかと思うけど、火事になったら一番燃えるよな…とも思う。

 俺の住む街は鬼ノ国ン中でも結構デケエ。

 つまり、俺は都会っ子だ。

 俺が自分が住む街を都会だと思う理由の一つには俺の街の「犯罪率(喧嘩率)」が高い事と、人口密度、職人の多さだった。

 いつも活気付いていた。

 大昔は都会に住むセレブの間で人間界に別荘を持つのが一時流行った。

 それが所謂「鬼ヶ島」だ。

 「あの頃はバブル絶世期でよぉ…。」

 何処の年寄りも自慢のように語っていたが、鬼ヶ島での出来事については誰も語りたがらなかった。

 それだけ、ヒヨワな人間にやられちまったって事は鬼にとって情け無い話なのだ。

 鬼ヶ島から逃げ帰った鬼を見る他の鬼達の視線は冷たかった。

 今でも片田舎に引っ越してちっこくなって生きていると聞く。

 それもこれも皆、桃太郎のせいだ!

 桃太郎は人間の里に帰って、鬼を倒した褒美に、(鬼的には屈辱的な、人間としては名誉な)苗字を貰ったそうだ、と斜向かいの爺ちゃんが酔う度に口にした。

 

 鬼ノ国の大門前には、普段出入りする奴なんて殆ど居ない。地獄に行き来する犯罪を犯した鬼がたまに連行されるか、エリートの上級鬼が行き交う程度で、俺達、中級鬼には全くもって用事のない場所、それが鬼ノ国の大門だ。

 今では「人間界」に向かおうとする鬼は世間では「馬鹿」扱いされる。

 そんな大門前で、退屈そうにしている大鬼に、俺は

 「人間界に行きたいんだけど〜。」

 と窓口から身を乗り出した。

 「え?何?

 オチビ、人間界っつった?今。」

 大鬼は詰所の奥にいたもう一人の鬼を振り返って笑った。

 「何しに行くの?まさか鬼ヶ島とか夢見てないよね?もう無いよ?あんなの一瞬のユートピアだったよ。」

 やっぱり相手にしてもらえない。

 「良いんだよ!

 俺は桃太郎の子孫をヤリに行くんだから!」

 そう言うと、意外や意外、門番は大門の錠を開けてくれた。

 目の前には上へ上へ、遥か上へ向かって階段が何処までも伸びていた。

 白い霧に包まれた、無音の黒い階段。

 一段、足を掛けて土のヒヤリとした感覚に驚いて後ろを振り返ったが其処にはもう鬼ノ国の大門は消えていた。

 前に進むしか道はない。

 俺は、その階段を駆け上がった。

 桃太郎の、「桃」の香りだけを頼りに、一心不乱に階段を駆け上がる。


 どれくらい昇っただろうか…。後ろを振り返っても白い霧で来た道を確認する事が出来ない。過去は振り返れない、とでも言うように。

 俺は包から婆ちゃんの塩むすびを一つ取り出し、噛った。

 咀嚼しながら駆け昇る。

 …と急に足元から階段が消えた。

 周りは空だ。

 下を見ると、彩りの、大きさも異なる建物が沢山並んでいた。

 地面が無いなら落下するしかない。

 身体は風に流されながら、どんどん勢いを付けて落ちていく。

 俺は捕まる物も、足を掛ける物も見つけられないまま、地面に両足を着けて着地した。

 俺の手から婆ちゃんの塩むすびが離れた。

 俺は

 「あ、あ、あ、あ!」

 何度かキャッチしようと手を伸ばしたが、塩むすびは意思を持ったみたいに俺の手を巧く交わし、地面にころころ転がり落ちた。

 ころころころころ、それを眼で追う。

 こつんと黒い靴に当たって止まった。

 俺は手を伸ばしたまま、動きを止めた。

 靴から上を見上げて行く。

 ケツの穴がキュッと絞まった。

 風になびく長い黒髪、デッカイたわわに実った胸、細い首筋、桃よりもっと桃色な唇に、大きなまぁるい綺麗な黒い眼が長いまつ毛に縁取られて、別嬪なんて言うモンじゃない極上の別嬪が其処に居た。

 一気に顔が赤くなる。

 「あらぁ。」

 あまぁい声と共に強烈な桃の甘い香りが降ってきた。

 筋骨隆々で歳を重ねた大きな鬼のオッサン達が語る桃太郎伝説に必ず出てきた文句が蘇る。

 「桃太郎からは強烈な桃の甘い香りがした。」と。

 そんなの嘘っぱちだと嘲笑って返した自分自身を思い出す。

 目の前の長くて綺麗な真黒な髪を揺らしている別嬪なお姉さんからは相変わらず強烈な桃の香り。

 「ウソン…。」

 思わず呟いた。


 お姉さんの背後の表札に、『鬼倒』と誇らしげに毛筆体で堂々と書かれてあるのが見えた。

 「あ、あ、あ…。」

 掛ける言葉が見付からない。

 俺の塩むすびが落ちた事も『鬼倒』の文字も桃太郎の子孫であろうお姉さんが綺麗過ぎる事も受け入れられない。

 お姉さんは屈むと俺の塩むすびを拾ってくれた。

 屈んだ時、フリルに縁取られた服の隙間から覗いた胸の谷間も、綺麗な膝小僧も、土まみれの塩むすびから俺に向けてくれた真黒な瞳も、全てが俺の胸に痛みを与えた。

 「うぬ〜!!!これが桃太郎の『呪い』ってヤツなのかぁ!?」

 俺の悲痛な声にお姉さんがうぐいすのような綺麗な声で

 「折角のおむすび、台無しになっちゃったね。

 甘い物で良かったら召し上がる?

 お茶煎れるから良かったら…」

 お姉さんは『鬼倒』の表札の付いた門扉を横に引きながら

 「いらっしゃい?」

 と微笑んだ。

 俺の体中の血が煮立ったように熱くなっている。

 死ぬんじゃないかと思う程、心臓が体内に収まっていたくねぇって痛い位暴れている。

 何だこれ?何だこれ?

 桃太郎のこんな一撃…確かに手も足も出ねぇ!

 顔も耳も赤いのが見なくても判った。

 鬼はやはり桃太郎には敵わないのかもしれない…そんな予感が胸を過った。

 

 

 

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