魔導機兵

@MagicMecha000

プレアルファリプレイ第1回「獣の咆哮は渓谷に落ちて」

第1ターム:暗雲とともに

 クロヴァ盆地はたいていの場合、その地形から年中天気が悪い。

 ご多分にもれず、今日もまた鈍色のどんよりとした雲が山の上を覆っていた。

『第203帝国特殊部隊、降下準備開始』

 大型飛空艇は、稜線のすれすれを飛んでいく。その格納庫に積まれているのは新兵御用達の魔導機兵「イエローラベル」が5機と、正規部隊という名前だけをつけられた急ごしらえの部隊が5人。

 機兵のタラップに足を掛ける各々の表情は緊張と高揚感、そしていくらかの不安で強張っている。

 無理もない。彼らは本来、まだ訓練所にいるべき新兵なのだから。

 この新兵たちに与えられたのは、突如として連絡の途絶えた第123中継基地の偵察であった。


 始まりである中継基地の異常を帝国軍部が察知したのはつい半日前、深夜のこと。帝国領南西部に位置する三日月湾にて展開中の大規模防衛作戦に大部分の戦力を投入している軍部にとって、まさに寝耳に水の事態であった。

 皇帝肝煎りの試作兵器が第123中継基地で性能試験を受けている手前、問題を放置するわけにはいかない。さりとて、何が起こるかも分からない状況に大事な予備戦力を割くこともできない。

 そういった軍上層部の判断から陸軍教導団の成績優秀者が選抜され、夜明けも待たずに間に合わせの偵察……もとい捨て駒の斥候部隊として編制された、というのが彼ら第203帝国特殊部隊のいきさつである。


 東方からの移民、タカコと隊きっての魔術師アラクネ、そして歩兵上がりのパスカル・ブリッジスがコクピット越しに挨拶をかわす。

「皆さん、よろしくお願いします」とアラクネが通信。

『……承知仕った』続いて厳かに一言だけタカコが。

『ああ、こちらこそ』指の関節を鳴らす音と共にパスカルが。

 短い無線通信だが、不思議とアラクネの緊張の糸が緩まる。

 交わした言葉がたった一言だけでも、今の自分は仲間と繋がっている。この、何度乗っても慣れない窮屈な操縦席の中でも独りぼっちではない。その事実に彼女は安心感を覚えていた。


 一方、アラクネの通信に応えなかったケルベス・ロベルタとラーエル・ゲイラーは、自分の事で手一杯だった。しかも、二者とも真逆のベクトルで。

(やっと本陣ですわ……腕がなりますわね……!)

 ぎゅっと強く握り込んだ両の拳を見つめてラーエル・ゲイラーはほくそ笑む。

 共和国軍の焦土作戦に故郷を蹂躙されたあの日から、ずっと夢見ていた復讐の機会が、ついに得られたのだ。今の彼女はこれまでにない高揚の只中だった。


(なんだか知らんが、本当に勘弁してくれ。こんな怪しい任務に就かせるなよ……)

 コクピットでケルベス・ロベルタはひときわ大きくため息を吐く。

 つい昨日まで訓練兵訓練兵とどつかれていたのに、気づけばこのありさまだ。現地の状況が全く分かっていないこの作戦、つついた藪から蛇が出ればまだ御の字、とんでもないものが出てもおかしくないと思うと胃の具合まで悪くなりそうだった。

 また一つ、ケルベスは大きくため息を吐いて頭を抱える。俺は絵描きになりたかったのに、なんだってこんなことに……。



『降下する。本飛行船を本部とし、定期通信を怠らないよう。グッドラック』

 だが、どれほどに文句を言っても、軍隊とは上に逆らうことを許されないものである。

 つい先日まで受けていた訓練通りに誘導員の指示で整列し、後部ハッチから一歩踏み出す。そうして彼ら203特殊部隊、その5名は基地のトラックヤードへと降下したのであった。


─────────


 第123中継基地の端に着地。直前に切り離された落下傘が強風に煽られ、建物に引っかかる。

 ハッチの隙間から土埃を伴って吹き込んだ風の生臭さに気付いたアラクネは、その正体がなんであるかをすぐに理解して思わず息を呑んだ。胸がぎゅうと締め付けられる感覚。だが、この程度で怯んでいる場合ではない。師の言を思い出し、一息と共に雑念を吹きさらう。

 現場は報告よりも荒れており、激しい戦闘の跡が見受けられた。

 損壊したトラックやクレーター、各種機兵の残骸、戦闘跡……。いずれも原生生物と争ったにしては激しすぎる。

「こりゃ……ひでぇな」

 艇の中ではあれほど意気揚々としていたパスカルさえも、あまりの惨状に言葉を失っていた。戦場を見る目線が高くなるだけでこんなにも印象が変わるとは、彼自身思ってもみなかった。彼の胸から染み出す気後れ。後方で終始クスクスと笑っている僚機がそれにさらなる拍車をかける。


「さあ、任務です。皆さん、配置につきましょう」

 暗雲立ち込める部隊を最初に動かしたのはアラクネだった。率先して前へと出て、各人の配置を言い渡す。

 ブリーフィング通り、タカコ、ラーエルの二名が、現場の残骸へ調査にあたった。ラーエルは「敵が現れた時、真っ先に潰しに行きたいんですのに……」とぼやいてはいたが、経験値の都合や装備から妥当だろうと部隊員から説得もあって渋々了承した。

 

 残骸はいずれも、銃撃跡や爆発の様子が見て取れる。なにかが爆発した跡だが、事故が起きたとは考えづらい。

 なにより、一箇所に攻撃が集中していることからおそらくだが人為的な攻撃を食らったのだろう。


 機兵から降りて焼け跡を見回すタカコはぼんやりと、故郷ソードマン郷の熊を想う。

(おそらく……アレよりもずっと強い)

 銃弾をも通さぬ毛皮に鋼の鎧すら割り砕く剛腕、万夫不当と恐れられるソードマン郷の益荒男ですら仕留めるのに難儀する獰猛さ。

 そんな熊と言えども、さすがにコンクリートと鉄骨で出来た建物を破壊する事は出来なかったはず。

 この戦闘痕は只者ではない、それだけは肌で感じ取ることができた。


 ふと、アラクネの機兵が、何かの残骸を蹴り上げる。跡を残して転がるそれに目をやり、魔導球の面を指で撫でると、ズームイン。モニタに映っているオリーブドラブに塗られた何かは、大きな衝撃で引きちぎられた、大きな手のように見えた。

 機械の……機兵の手、見たこともない色、帝国製には見られない機構、まだ新しい足跡、未だ滴る機械油の溜まり――アラクネの脳裏を数多の情報が駆け抜け、一つの推論を導き出す。

「見たこともない機兵の残骸…これが共和国の新兵器でしょうか?それにこれだけ激しい戦闘跡…下手人は既に逃亡したか…或いは逃亡できずに隠れている可能性がありますね…」

 噂に聞いている、共和国産の魔導機兵。もしや、それが実戦投入されたのではないか。

 全員の間に緊張が走る。


「私の操縦技術では一度降りた後に奇襲されれば復帰できない可能性がありますから、此処は魔術干渉をいつでも使えるようにしましょう」


 彼女の言に、他の部隊員も改めて気を引き締め、機兵を戦闘態勢へと移行させる。ジェネレータの出力を戦闘域まで上げ、火器の安全装置を解除して初弾を装填。日々の訓練で叩き込まれた流れるような操作手順。


「やっとこいつにも慣れてきたところだ。いっちょ派手に動かしてみたいもんだぜ」


 パスカルがライフルを構えつつ、タカコ、ラーエルのカバーに回った。挑発的なセリフを繰り出しながらも、周辺への警戒は怠らない。


 そこへ、突如として部隊員とは違う魔力反応が現れた。全く見たことのない、魔導機兵「のような」機体が2機。

彼らの銃口は、当然のごとく第205部隊へと向けられていた。

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