異世界の中心で愛を叫ぶ“獣”

相坂喜一

プロローグ


 駆ける。

 前脚で地を踏み締め、後ろ脚で土を蹴る。

 進む先に邪魔な木や草があれば、爪で薙ぎ倒す。

 瞳に動くモノが映れば、牙で食い破った。


 そうやって生きてきた。

 この世に産まれた時から、誰かに教わることもなく、そうするものだと知っていた。

 そのことに疑問はなく、それについて何も思わず、感じず、気づけば――いや、気づくこともなく、そうしていた。


 自分が何者なのか、壊したモノが何なのかも知らず、ただ切り裂き、駆け、食い千切り、駆ける。

 そうやって生きてきた。


 その日も、そうだった。


 目の前に、動くモノがやってきた。

 だから、爪を振るった。牙を突き立てようと噛みついた。


 だけど、いつもと違って、そいつは強かった。


 小さな体で爪を掻い潜り、牙は手に持った細長い物で弾き返された。

 “力”を解放しても、相手も“力”を使って防がれた。

 今までも、二本足で歩き妙な力を使う、似た姿のモノを壊したことはあった。

 だが、こいつは格別に強かった。


 相手が放った“力”の光で、こちらの体が切り裂かれる。構わず、爪を繰り出す。そいつはぎりぎりの所で避けた。

 何度もそんなことを繰り返した。


 ついには、そいつが“力”で作り出した尖った石に、腹を貫かれた。さらに、細長い光が体中に巻きつき、縛られた。


 もがく。暴れる。がむしゃらに爪を振り、牙を剥く。

 暴れたせいで、石が刺さった腹から血が噴き出す。


 痛い。これまで感じた、どれよりも強い痛みだ。


 けど、暴れるのをやめない。目の前のそいつへ前脚を伸ばし、近づこうとする。ますます石で肉を裂かれるが、やめない。縛られ、一向に近づけないが、なお爪を突き立てようとする。


 なぜなら、そうするものだと知っているから。それしか、知らないから。


「――――」


 そいつの口が動いた。声を出しているのが聞こえたが、この鳴き声が何を意味しているのかは知らない。


 そいつが腕を動かした。

 すると、周囲を光が包んだ。体を切り裂いた光とは違う、どこか、温かいと感じる光だった。


 なんだろう。だんだん、眠くなってきた。

 音が遠くなる。体中から力が抜けていく。


 目に見える物が霞んでいく中、そいつが手を伸ばしてきた。手がこちらの顔に触れる。毛をゆっくり撫でてくるそいつの体は、掠めた爪で至る所を切られ、血塗れだった。

 再びそいつの口が動く。もちろん意味はわからない。


 瞼がますます重たくなってくる。気づけば、脚を動かす力も気もなくなり、地面に横たわっていた。それが、気持ちいい。

 光に包まれる中で、そいつの顔を、別の光るものが流れていくのが見えた気がした。


 それを最後に、全てが光に変わり、深い眠りに落ちた。

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