第2話 勇者の最期

 窓から広場で戦うじいちゃんの姿が見えた。

老人とは思えないスピードで片っ端からヘルスパイダーを斬っていく。

それだけじゃない。切り裂く風、唸る火炎、多彩な魔法が次から次へと敵を蹴散らしていくのだ。


(じいちゃんはこんなに強かったのか!?)


それはもう信じられないほどで、一人で敵をせん滅してしまいそうな勢いだ。

勇者であるというのも、この戦いを見ていれば素直にうなずける。


(これだったら勝てる! 大丈夫だ。じいちゃんならやれるよ!)


 僕は動けない体で勇者の戦いに希望を見出していた。

でも、それは甘い考えだったんだ……。


 戦闘が始まって10分。

既に半分以上の魔物を倒したじいちゃんだったけど、にわかに動きが鈍ってきたのが分かった。

呼吸も荒くなって、肩で息をし始めている。


「おのれ老いぼれめっ! お前たち、取り囲んで食い殺せ!」


 魔族が命令すると、ヘルスパイダーが一斉にじいちゃんを攻め立てた。


「なめんじゃねえっ!」


 気力を振り絞るようにじいちゃんは叫んで、魔力を籠めた剣を大地に突き刺す。

するとじいちゃんの周囲に無数の石爪が勢いよく生えてきて、殺到するヘルスパイダーをすべて串刺しにした。

残るはボスの魔族だけだ。


「な、なんと言う奴だ……。んっ?」


 じいちゃんの強さに焦りを見せていた魔族だったけど、その表情に酷薄そうな笑みが浮かんだ。

じいちゃんはもう限界だったのだ。

蒼白な顔で脂汗を流しながら、剣を支えに立っているのが精いっぱいといった感じだった。


「ケケケッ、出力の大きな大魔法で力を使い果たしたようだな。お前のせいで大事な部下をすべて殺されてしまったわい。腹いせになぶり殺しにしてやる」


 指先が鋭利な刃物のようになった魔族がゆっくりとじいちゃんに近づいていく。


(だめだ、逃げろじいちゃん!)


 助けに行きたくても、叫びたくても、僕の体は麻痺魔法でほとんど動かない。


「へっ、そんなナマクラで俺が切れるかい? やってみろってんでぇ!」

「威勢がいいな。もう動くことさえできないであろうに」


 魔族はじいちゃんの持つ剣を横から蹴り飛ばした。

支えを失ったじいちゃんはよろめいてしまうが、そのまま倒れることを魔族は許さなかった。

じいちゃんの腹に魔族の爪が深々と突き刺さる。


「グッ……」

「ケケケッ、このままゆっくりと内臓をかき混ぜてやる……」

「……」


 じいちゃんは魔族の腕をつかむけど、腹に刺さった長い爪を抜く力は残されていない。

でも苦悶の表情をたたえるじいちゃんの顔に不敵な笑みが広がっていた。

そしてじいちゃんにとって最後の魔法が展開された――。


 殺戮の愉悦に浸る魔族の顔が焦りで歪んでいく。

じいちゃんの手から紫電がほとばしり、黒い光が徐々に二人を包み込んでいった。


「き、貴様! その魔法はまさか!?」

「おうよ。自爆魔法メガローアだ」

「そんな魔法を使えるのは勇者だけのはず……。まさか貴様!?」

「へっ、年寄り相手に油断しちまったかい?」

「クソッ! わかっているのか? その魔法を使えばお前だってただでは済まない。跡形もなく吹き飛ぶんだぞ!」

「上等だ。棺桶代の節約にならあ!」


 魔族は何とか振りほどこうと体をよじるけど、じいちゃんの手は離れない。


「離せ、馬鹿者!」

「いまさら何言ってやがる。江戸っ子は生まれたときから馬鹿って相場が決まってるんでぇ!」

「エドッコ? まさか貴様は召喚者か!?」

「神田の生まれよぉ!」

「くそお!!!!!」


 絶望的な叫びを上げる魔族と対照的に、じいちゃんは穏やかな顔で僕の方を向いた。


「レニー」


 その表情は普段と変わらない、いつもの顔だ。

僕の大好きなあの笑顔でじいちゃんは一言だけつぶやく。


「あばよ」


 黒い光がじいちゃんと魔族を包み、耳をつんざくような高音の爆発音をまき散らす。

やがて周囲に静寂が戻ると、広場の地面には真っ黒な砂が一盛残っているだけだった。



 魔族の襲撃でじいちゃんを含めた24人が死んだ。

この数は全体のおよそ三割近くだ。

もしじいちゃんが戦っていなかったら一人残らず殺されていたのは疑いようのないことだ。

遺体の埋葬もそこそこに、僕たちは村の復興を開始した。

壊された用水路を直し、穴の開いた壁を修繕し、焼け出された人のために仮小屋を建てていく。

僕は無我夢中で働いた。

体を動かしていればじいちゃんの死を少しでも忘れられたし、悲しみに沈んでいたらじいちゃんに心配をかけてしまうような気がしたからだ。


「落ち着いたらコウスケさんの墓を建てよう。村の英雄のための立派なやつをな」


 村長さんが僕に気を使ってくれたけど、僕はこの提案を断った。


「じいちゃんは、みんなと同じ墓の方がいいって言うと思います」

「そうか……。そうだな。コウスケさんならそういうだろう」


 遺体すら残っていないけど、死を直前にしたじいちゃんは笑顔だった。

自分の人生に納得しているように見えた。

だから、僕もこれ以上悲しまないように努力することにしたんだ。


 魔族の襲撃から五日が経ち、村は普段の生活に戻りつつある。

人々の傷はまだ癒えないけど、太陽は上り、水は流れる。

良くも悪くも自然の営みは変わらない。

誰だって自分の仕事を放り出しておくことはできないのだ。

それは僕も同じことで、これからは一人で仕事を見つけて食べていかなくてはならない。

当面はじいちゃんが残してくれたお金で食いつなぐことはできる。

だけどそれほどの金額は残っていない。

理由がある。


 じいちゃんは伝説の名工であり、その仕事料は目玉が飛び出るほど高かった。

ではなぜ金が残っていないのか。

全部使ってしまったからだ。

「宵越しの銭は持たねえ」が口癖で、あればあるだけ遣ってしまったのがじいちゃんだった。


 何に使ったかと言えばほとんどが料理にだ。

腕のいい料理人を呼んで美味しい食事を作らせるとかいうレベルじゃない。

米という穀物を普及・品種改良させるために、農業に莫大な投資をしたり、ニホンシュと呼ばれる酒の製造をさせるために醸造所に金をばらまいたりとスケールがでかい。

ミソやショウユといった調味料を開発させたり、カツオブシという乾物を作らせたりもした。

そんなこんなで残っているのは三か月分くらいの生活費だけなのだ。

形見のナイフを売れば一生遊んで暮らせるくらいのお金は入るかもしれないけど、こいつを売る気にはなれない。

今売れるのは台の上に置きっぱなしになっている作り立ての鍋くらいのものだ。

そう言えばこれを注文したミーナさんは現れない。

予定では二日前にはこの村にやってくることになっていたはずだ。

今各地では魔族による襲撃が相次いでいる。

ひょっとしたらミーナさんのいるミラルダの町も被害を受けているのかもしれない。


(届けに行こうかな)


 そんな考えが頭に浮かんだ。

当面の生活費を稼ぐというのもあるのだけど、ミラルダまで行けば仕事が見つかるかもしれないと考えたのだ。

小さいころからじいちゃんの手伝いをしていたから鍛冶仕事は一通りできる。

でもこの村では仕事の依頼はほとんどない。

じいちゃんは村の仕事ならどんな些細な物でも料金を取らずにやっていた。

穴の開いた鍋を直したり、欠けてしまった包丁を直したりして、お礼に野菜なんかを貰っていたんだ。

これからはそういうわけにはいかない。

僕にも現金収入が必要だ。

村長さんに相談したら、それも仕方がないということで、僕はさっそくミラルダの町へ行くことにした。


 出発前夜、僕は不安で眠れなかった。

じいちゃんのお供で旅をすることは多かったから、ミラルダの行き方ならよくわかっていた。

僕が心配しているのは旅ではなく未来だ。

うまく仕事を見つけられるだろうか? 

ちゃんとした生活を送れるのだろうか? 

考えれば考えるほど不安になってくるけど、ふとじいちゃんの言葉を思い出した。


「この言葉をよく覚えておくんだ。『ステータスオープン』自分の心を見つめながら唱えれば、きっとお前の本当の力が見えてくる。正しく使えよ」


 僕の本当の力って何だろう? 

考えてみたところでわからない。

だから僕はじいちゃんの言葉に従うことにした。


「ステータスオープン」


 それは未来へとつながる魔法の言葉。

僕の進むべき道を指し示す羅針盤。

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