第5話 人気投票

 1年前、人の好意が見える装置が開発されてから、国の偉い人の方針で、当時18歳以下の子供に優先して装置の手術を受けさせる政策が施行された。なんでも、人の好意が見えると人間関係が単純明快になり、いじめが抑制されるらしい。確かにいじめっ子の竹下君も、急にいじめをやめた。多分、自分がいじめをしている時、周りのみんなから白い目で見られていることに、白い数値を見て気づいたのだろう。


 私のお兄ちゃんはパパの新しい物好きに巻き込まれて、発明の直後に装置をつけていた。お兄ちゃんは当初、好意が友情か愛情か自分で区別できるようになれば、すごく便利な装置だと言っていたが、どうやら最近装置が原因で彼女さんと別れてしまったようだ。お兄ちゃんと別れるなんて、その彼女はどうかしている。


 私が装置を付けたのは1か月前。今ではクラスの全員が装置を付けている。


 そんな中、私のクラスでは、装置を使った面白い遊びが流行している。クラスの人気ランキングを決める遊びだ。人からの好意が見える今、人気は絶対的な指標として数値化される。

 もちろん、自分に向けられた好意しか知ることができないので、好意は自己申告となるが、嘘をついても何となくばれてしまうので、誰もやらない。

 例えば、いつもクラスの端っこで黙っている颯太が、多数の好意を受けていると言っても誰も信じないのだ。だって私たちは実際、好意を向けていないのだから。


 この遊びのおもしろいところは、なんといっても私、加藤美香が輝くところにある。この装置が普及される前からすでに、私はクラスの人気者だった。かわいいルックス・誰からも愛される性格・抜群の運動神経。ちょっぴり頭は弱いけど、少しくらい欠点があったほうが人間味があって、むしろ好かれるというものだ。

 この遊びを始めて、私の人気度はさらに明確になった。女子・男子・クラス全体、どのグループで範囲設定をしても、必ず私は1位になった。もちろん嘘の好意を言っているわけじゃない。本気でみんな、私のことが好きなのだ。私はこのクラスの女王だ。


 ある日、しもべのAが私の机にやってくると、どこからか拾ってきた噂話をはじめた。さながら諜報員といったところか。


「ねえ、美香きいた?今度、うちの学年全体で人気ランキングやるらしいよ!」

「え、2組と3組も合わせてってこと?そうなんだ。」


 そっけなく返事をしたが、内心は興味津々だ。人気に執着しすぎると、却ってモテない。


「美香なら絶対1位になれるよ!かわいいし優しいもん!」

「ええー、私は全然だよー。明美こそかわいいじゃん!」


 Aは少しほほを赤らめる。民に幸福感を与えるのも女王の役目なのだ。


「あ、でも2組の千佳ちゃんも人気だよねー。頭よくて信頼されてる感じ?」


 自分の口角が少し下がったのが分かる。榎本千佳、彼女は2組の人気ランキングで1位になっている。Aの言う通り、頭が良く、児童や先生からの信頼があり、海道小学校の児童会長を務めている。

 私が学年一の人気者になるうえで、一番の障壁となる女だ。


 投票日当日、先生の許可をもらって体育館を使用し、大掛かりな集計作業が始まった。

 集計方法は、以下の通りだ。


 ①全体を2つのグループに分ける。

 ②グループが対面になるように一列に並び、向かい合った参加者がそれぞれの好意を控える。

 ③1人ずつスライドさせながら、相手グループ全員の好意を各自集計する。

 ④自グループの集計をするために、さらに2つのグループに分け、②に戻る。

 ⑤最後の1人の集計が終わるまで②から④を繰り返す。


 おそらくもっとも統制が取れて、無駄のない集計方法だ。とても小学生が考えたとは思えない。少なくとも私では到底考えつかない。一体誰が考えたのだろう。

 そもそも、この会を運営しているのは誰なんだ?


 集計が終わると、私は他クラスの児童からも熱い好意を受けていることが分かった。95ポイントを下回った人はいなかった。ただ一人を除いて。

 榎本千佳、あの女、信じられないことに私への好意が0だった。0は無関心ではない。寧ろ憎んでいるのだ。恐らくこれは意図的なものだ。

 榎本千佳と私の人気は、下馬評ではほとんど差がない。恐らく他児童からの評価は誤差数ポイントといったところだろう。つまり、当人同士の好意の差が、人気投票の勝敗を左右することになる。

 私は彼女のことをよく思っていないが、それでも主観的には40程度の好意を示したつもりだ。40ポイントの差がついた以上、勝利の女神は彼女に微笑む。これは間違いないことだ。


 改ざんしなければ…


 私が人気で負けること、そんなことはあってはならない。私は常に女王でなければならないのだ。パパはお医者様、ママは元ミスジャパン。お兄ちゃんは東大りさん?とかいうすごいところに通っている。私は選ばれし家系で育った。私が女王だ!


 私のポイントは8,650。学年児童の合計は91人だから、自分を覗いて9,000ポイントが最高点となる。私と千佳の差が、40ポイントほどあるとして、50ポイント上乗せして8,700と申告すればおそらく勝てるはずだ。50ポイントほどの改ざんは、90人規模の集計ではほとんど違和感がない。ばれることはまずないだろう。


 何食わぬ顔でシートに名前と点数を記入している時、Aの声が耳をとらえた。また噂話をしているようだ。


「ねえ、今千佳ちゃんのシートみちゃったんだけど、8,900ポイントって書いてあるの見えちゃった。すごいよね、千佳ちゃん。ほとんどみんな99ポイントの好意があるってことだもんね。美香、これは負けちゃったかもね…」


 Aからの視線を感じる。8,900ポイント?ありえない。確実に改ざんしている。まさか私と250ポイントも差があるとは。許せない。

 しかしいいことを聞いた。それなら私は8,901ポイントと申告すればいいだけだ。この勝負もらった。

 私は価値を確信し、シートに虚偽の4桁を書き込んだ。投票ボックスは既に、ポイントシートで腹を満たしていた。私は最後の1票を堂々と投かんした。


◇◆◇


「1位、美香ちゃんだって!やっぱりすごいよね、美香ちゃんって。」

「加藤、かわいいもんな。男子だったらみんな100ポイントあげてるはずだよ。」

「なあ、そういえばこの前の集計、一人来なかったらしいぜ、確か1組の北野ってやつ。」


 そうだ、みんな気づけ。そしてその時、私が真の人気者になるのだ。 

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