第2話 一日一好
2030年、東京大学教授の北野宗次という科学者が、ノーベル賞を受賞した。なんでも、人間の好意を示す指標を数値化し、確認することができる技術を開発したらしい。
人間がそれを使用するには、頭蓋骨に専用のチップを取り付け、外部から特殊な装置によって高周波の電波を照射することで、脳内シナプスをチップに組み込まれたアルゴリズムに則って刺激する必要があるのだとか。
人間の動作や脈拍、体温など普通見ただけではわからない情報を、目から取り入れ、装置によって構築された特殊な脳内ネットワークで処理することで、好意を数値化することができるのだそうだ。
なんだかよくわからないけど、私の父はとにかく新しいものが好きだ。家族に内緒で3000万円借金をし、私たち家族の名義で、装置の抽選注文にエントリーしていた。
母は最初に知ったとき当然のように激怒し、我が家初めての離婚騒動が勃発した。しかし、年末に買った宝くじで5000万円が偶然あたった後は、提出寸前の離婚届は跡形もなく破り捨てられた。
年始のハワイ旅行の計画を立てている母を見て、女の切り替えの早さは恐ろしいなと思いつつ、私がその女の血を引いていると思うと、なんだか人生気楽そうだなと弱冠18歳にして達観してしまった。
私の運命が変わったのは、抽選の結果、私名義で装置が当選してしまったあの日だ。父は、頭蓋骨にチップを移植する手術が、当選者の私名義でしか受けられないことを知ると、落胆していたが、しばらくすると、まるで夢をわが子に託す、元プロ野球二軍選手のようなまなざしで私を見つめた。私は父の浅はかさに心底あきれたが、先日獲得した人生楽観主義に則り、何となく手術を受けてしまった。
それからというものの、起動装置の眼鏡をつけている時、私の目には人の好意が映るようになった。
先に断っておくが、人の好意が見えるということは、総合的にはマイナスでしかない。通勤中の電車では、おやじの目線より、おやじの好意が気になる。
昨日なんて、私の目の前に吊皮をつかみながらスマホをいじっているおやじの禿げ頭に100が表示されていて、あ、こいつ盗撮してるのかなと思い、吐き気を催した。もちろん証拠はない、というかみんなには100が見えないので証拠にならないのだ。
一番ショックだったのは、私が実は好きな俊一の好感度が50だったってことだ。最初の数日、私は怖くて俊一の数字を確認できずにいたが、ある日どうしても気になって眼鏡を起動すると、あまりのショックに2限の途中で早退した。
多分50と聞くと真ん中くらいなんだから悪くないじゃん、とみんなは考えるだろうけれど、それはあまり関わり合いのない人を基準にした場合の話だ。普通のよっ友でも60はいく。
俊一を含むイツメン5人の中で、男女合わせて俊一がダントツで低い。俊一は、私と毎日一緒にいるのにもかかわらず、好きでも嫌いでもなく、なんと関心がないのだ。
私はこのことを、母に相談した。いま好意を数値化できる私が恋愛相談をできるのは、親友の瑞樹でも、幼馴染の美穂でもない。事情を知っている母の久美子かこの装置の開発者の老人だけだ。
母は何だそんなことと鼻で笑った。さすが私の母だ。
「お父さんだって、最初は私に関心がなかったのよ。お父さんは学校ではモテモテの生徒会長だったの。私は日陰者で、毎日遠目から眺めているだけだったわ。」
「そうなんだ。それで、どうやって付き合ったの?」
「簡単よ、1日ちょっとずつ、好きになっていってもらおうと努力したの。掃除を手伝ったり、生徒会の作業を手伝ったり、毎日お父さんのところに行っては、喜んでもらえそうなことを実践したわ。お母さんの心の中で、お父さんの好意が90くらいになったときには、あっちから告白してきたわね。」
なるほど、母は生まれながらにこの装置を持っていたようだ。確かに1日1ずつ数値を上げていけば、50日で俊一は私にメロメロになる計算になる。こうして私は、"一日一好"を目標に、俊一に好かれる努力をしようと決意した。
それからというものの、俊一の数値以外は目につかなくなった。私は学校の成績より、俊一の数値に夢中になった。
1か月経つと、俊一の攻略法がつかめてきた。宿題を見せてあげたり、掃除を変わってあげると一度に大量のポイントが上がる。しかしそれは一時的なもので、翌日にはポイントが白紙になっていることが多いので、長い目で見るとあまり効果はない。
少しずつだけれども、確実にあがるのは、俊一が何か話した時に共感したり、同じ趣味について話している時。今まであまり意識したことなかったけど、確かに前はわざと突っかかってみたり、あえて私の趣味を隠したりしていたかも。二人の時、実はお父さんの買ってきた少年漫画をを読んでいることを話したら、俊一も喜んでくれて、それが数字となって見えた時、なんだか幸せだった。
逆に、過度に密着したり、顔を近づけすぎると好感度は下がった。俊一は思春期だし、恥ずかしがっているのだろうか。母に相談しようか迷ったが、俊一のプライバシーを傷つけてしまうのではないかと思い、やめることにした。
半年が経過した。上がったり下がったりしたけれど、今目の前にいる俊一の頭には、90という数値が表示されている。90は、父や母が私に向ける愛情と同等レベルのものであり、好意を確信できる数値だ。私は今日、ついに俊一に告白することを決めていた。
「俊一、私、俊一のこと好きだよ。」
俊一の目をみて言ったほうがいいんだろうけど、どうしても頭に目が行ってしまう。数値はさらに2ポイント上昇した。
「ああ、おれも好きだよ。」
その瞬間、私は初めて俊一の目をみた。透き通った黒い目が、私の目を見つめている。もう数字に興味はなくなった。
「それじゃあ、これからは…」
「ああ、これからも親友としてよろしくな!」
「…へ?」
「ん、どうした?」
「…ううん、なんでもないの、これからもよろしくね。」
後になって気づいたのだが、おそらく好意は、愛情や友情などが混ざった包括的な指標なのだろう。要するに、俊一の90は、友情の90であって、愛情のそれではなかったのだ。けれど私はこの半年間を後悔したりはしていない。無関心だった俊一を、最高の親友にまで押し上げることができたんだ。もう数字に頼らなくても、今度こそ彼女になるために頑張ろう。楽観主義者になれてよかったと、母にあらためて感謝した。
◇◆◇
志保の好意には気が付いていた。実は先日、新しい物好きの父が、俺名義で北野博士の装置の抽選に応募し、俺は手術を受けていた。
次の日、志保をみた俺は驚いた。あいつの頭には100と表示されていた。俺には彼女の瑞樹がいるし、志保のことは意識しないようにした。50位の関心がちょうどいいと思った。
でも、この半年間、志保は本当におもしろくていいやつだって改めて思った。志保の表示は100のままだけれど、これは女性が男性に向ける『好き』ではなく、友情の『好き』なんだって分かった。最近は特に、性を意識させるようなボディタッチも少なくなってきたし、間違いないだろう。
志保とは永遠にこの関係が続けばいいなって心の底から思っている。
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