もしも好意が数値化されたなら

てよ

第1話 僕のじいちゃんは天才科学者

 ある日、僕はじいちゃんの書斎に呼び出された。じいちゃんは太い葉巻を吸いながら、パソコンとにらめっこしている。僕に気が付くと、じいちゃんは手を止め、机の上から丸眼鏡をつかみ取り、僕にかけてくれた。


「じいちゃん、これ、何?」

「これはな、つけていると、その眼鏡を通してみた相手が、お前のことをどう思っているか、好きな度合いが数字になって出てくる装置じゃよ。ほれ。」


 そういうと、じいちゃんは眼鏡の右の耳掛けをぐるりと一回転させた。再びかけると、じいちゃんの頭の上に100という数字が出ている。


「じいちゃん!なんか上に100って書いてあるよ!」

「おお、そうかい。それはじいちゃんが颯太のことを好きな度合いを示しているんじゃ。100はマックスだから、じいちゃんは颯太のことをマックス好きなんじゃよ。」

「おお、すげえ!」

「颯太、じいちゃんのお願いなんだが、明日1日だけ、その装置をつけて学校に行ってくれないか?マックス好きなじいちゃんのお願いじゃ。」


 じいちゃんは、東京の大学の博士をやっている。人工の知能を研究していて、世の中の便利なものは、じいちゃんの発明がなかったらなかったかもしれないって、お父さんが言っていた。


 次の日、じいちゃんの約束通り、僕は学校ですごい眼鏡をかけてみた。普段から丸眼鏡なので、誰も不思議に思わないようだ。眼鏡をかけると、まず僕は親友の太一に声をかけた。


「よう、太一!宿題やったかー?」

「おはよう、颯太。ううん、昨日頑張ったんだけれど難しくて、なかなか解けないんだ。」


 太一の好感度は80、まずまずといったところか。


「じゃあ、俺が教えてやるよ!なんてったっておれは天才じいちゃんの孫だからな。勉強なんて余裕だぜ。」

「…ありがとう!颯太は本当すごいなあ。」


 すると、太一の好感度が82になった。なるほど、僕の行いで好感度は変動するようだ。これは面白い。


 次に、大好きなみかちゃんのところに行った。正直なところ、みかちゃんの好意を見たい気持ちはあるが、同じくらい怖い気持ちもある。もし、僕のことが嫌いだったらどうしよう。


「おはよう、みかちゃん!」

「おはよ。」


 恐る恐るみかちゃんの数字を見てみる。


「きゅ、90???」

「な、なに?」


 思わず口から洩れてしまった。普段からちょっかいを出していたから嫌われているかもしれないと、内心不安だったが、みかちゃんはどうやら僕の好きだけどつい意地悪してしまう気持ちを察してくれているようだ。


 「なんでもないよ。それより、今日もかわいいパンツはいているね!」


 そう言いながら、僕はみかちゃんのスカートを思いっきりたくし上げた。みかちゃんは最初こそ怒ってはいたが、あまりの恥ずかしさに机に突っ伏してしまった。でも、頭の数字は95に上がっていた。心の中では喜んでくれているようだ。


 明日またちょっかいを出して、100まで上げてしまおう。そしてそのあと告白するんだ。じいちゃんに、眼鏡をもう1日使わせてくれと頼まなければ。


 クラスを見渡すと、どうやら僕はかなり人気者らしい。80を下回る人はいない。僕はなんだか嬉しくなった。じいちゃんはやっぱり天才だ。


 チャイムが鳴り、先生が教室に入ってきた。担任の牧田先生の頭には、20という数字が表示されている。一瞬目を疑ったが、確かにぼくはいたずらっ子だし、それに先生って子供たちと平等に接しなきゃいけない職業だって、お母さんが言っていたから、そういうものだと納得することにした。


 帰り道、なんだか外すのがもったいないように思えて眼鏡をつけっぱなしで帰宅した。僕はもしかしたら愛らしい見た目をしているのかもしれない。知らない人だらけなのに、70を下回る人は見かけなかった。


 ただいまーと玄関を開けると、お母さんが出迎えてくれた。


「颯ちゃんおかえり。学校楽しかった?おやつ、出してあげるから手洗いうがいをしてきなさいな。…どうしたの颯ちゃん?」


 僕はお母さんの頭の上の数字を見て、固まってしまった。お母さんの頭の上には0と、好意無しを示す数字が表示されていた。


「お母さん、僕のこと嫌いなの?」

「…颯ちゃん?」


 僕はお母さんのことが信じられなくなった。ランドセルを放り出して、外に飛び出した。


 家の近くの川沿いを歩きながら、お母さんの顔を思い出す。僕が幼稚園に通ってた頃、お母さんは毎日送り迎えをしてくれたし、離れるのが寂しくて泣きだしてしまったとき、優しく抱きしめてくれた。大好きだよって何度も言ってくれたし、おやすみのキスだって毎日してくれる。


 そうだよ、お母さんがぼくのことを嫌いになるはずない。きっとこの眼鏡、1日使っていたから壊れちゃったんだ。そういえばじいちゃんも学校で使ってくれって言っていたし、きっと電池がなくなっちゃって壊れたんだ。


 お母さんとの思い出を振り返れば簡単に分かることだった。来た道を帰ろうと後ろを振り返ると、お母さんが僕の元へ駆け寄ってきた。そして優しく抱きしめてくれた。頭の上の数字は気にならなくなっていた。


 一応お父さんが帰ってきた後、数字を見てみたけど、やっぱり0だった。この機械壊れちゃったんだ。僕は眼鏡を外し、書斎のじいちゃんの元へ眼鏡を持って行った。


「おお、颯太、今日使ってみてどうじゃった。教えてくれんか。」

「うん!あのね、僕のことみんな大好きだったよ。大好きなミカちゃんなんて、95って書いてあったんだ!先生は数字が低かったけど、たぶん平等っていうのを大事にしているんだよね。でも、使いすぎて電池がなくなっちゃったから、お父さんとお母さんの頭の上には0って出てた。あはは、そんなわけないよね。きっと数字が反転しちゃったんだよね。じいちゃん、もっと充電が持つようにしたほうがいいよ!」


 じいちゃんは、よくやったと頭をなでてくれた。僕は嬉しくなって走って書斎を飛び出した。


◇◆◇


 颯太が勢いよく書斎を飛び出す。押戸は開かれたままになり、下の階からは息子家族の談笑が聞こえてくる。


「やはり、数字が反転していたようじゃな。やれやれ、またあいつの寝ているときに頭蓋に修正チップを組み込まなければな。」

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