前半戦

「相手は水戸か。余裕だな。」

「まあそう言うなって。水戸だからって油断は禁物。」


 後ろの若者達はガンバ大阪が水戸ホーリーホックに負けるとは思っていない。それも当然の事だ。

 当時のガンバ大阪は日本最強の攻撃力を誇るチームであった。多少の失点はものともせず、その圧倒的な攻撃力で相手を粉砕する。長年率いてきた西野監督の退団も決まり、西野ガンバを有終の美を飾ろうと士気も高まっていた。

 対して、水戸ホーリーホックは公式戦でJ1チームに勝利したことがない。そもそも万年J2下位に甘んじる弱小チーム。勝てる見込みなど万に一つもない。それが下馬評であった。


 開始早々、ガンバ大阪はゴール前までボールを運びシュートを放つ。水戸ホーリーホックのゴールキーパーの本間が何とかかき出す。しかし、まだピンチは続く。


「幸司・幸司・俺たちの幸司!」


 本間のチャントが木霊する中、ゴール前ではコーナーキックの駆け引きが行われていた。

 ガンバの二川の蹴ったボールは放物線を描く。ディフェンダーの塩屋が競り勝ち水戸の味方が拾った。水戸は大阪陣地に目掛けてボールを大きく蹴り出した。ボールは誰にも触れられずサイドラインを割る。

 私は大きく息を吐いた。衝動的に大阪まで来たことに後悔し始めていた。しかし、ここから水戸は攻勢に転じる。


 後にガンバ大阪を率いて三冠を取った長谷川監督はかつて鈴木隆行を以下のように評した事がある。


「力が五分か上の相手と戦う場合には、鈴木のような潰れ役は絶対に必要ですよ。前線で体を張り、こぼれ球をマイボールにして、中盤の上がりを待てるFWがいないとチームが機能しない。W杯最終予選、そしてドイツ本大会、厳しい試合になればなるほど、鈴木の良さは生きてきますよ」


 厳しい試合ほど存在価値が高まる男、鈴木隆行。目の前の試合もまた鈴木隆行が活躍する条件は満たされていた。


 ガンバ大阪のスローイン。丁寧にボールを繋ぎ水戸を翻弄する。それに対して水戸は諦めずに追いかけ続ける。

 水戸の激しいチェックに戸惑ったのか、ガンバのパスが乱れ、それを奪った水戸の選手はボールを前線へと蹴り出した。ボールの行く先に待ち構えていたのは鈴木隆行だ。

 鈴木隆行は片腕で相手を押さえつけて動きを封じ、難なくクリアボールを保持した。そして、水戸の選手は一斉に上がる。鈴木隆行は味方にボールを預けてサイドへ流れ、鈴木隆行へと折り返しのパスが出た。


 観客席から見る限り五分五分のボールだ。ガンバの選手は鈴木隆行にタックルをした。激しい競り合いが始まる、そう思えた。

 タックルをしたガンバの選手は鈴木隆行に弾かれた。ぶつかった勢いをそのまま返されたかのようにガンバの選手は倒される。

 フリーになった鈴木隆行はセンタリングを上げる。ゴール前に上がって来ていた水戸の選手に渡りシュートを放つが枠から外れた。

 これ以降、水戸がペースを握る。鈴木隆行を警戒するあまり、ガンバ大阪は中盤が間延びした。そこを水戸がショートパスで崩す展開が続く。

 しかし、水戸は最後の精度を欠きゴールを奪えなかった。スコアは動かず時間だけが経過する。試合は40分を回ろうとしていた。


 ガンバ大阪の陣地で水戸がファールをとられた。ゴールを奪えないことで焦れていたのか戻りが遅れる。

 その隙を逃すガンバ大阪ではない。ガンバの中盤が大きく蹴り上げたボールは、裏へ抜け出したキムスンヨンの前に落ちた。ゴールキーパーとの一体一。淀みなく放たれたシュートはゴールへと吸い込まれた。

 好機を逃したチームが一瞬の隙を付かれて失点するのはよくあることだ。そして、手放した流れは最後まで戻らず負けることも。

 元々の力の差もある。意気消沈した水戸は残り時間が終わるまで攻められ続けた。

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