虚空幻葬

間 孝一

第1話 1 終末の物語

 明くる日の朝。青年=ハンス・ノイラートは大空の下を歩いていた。彼の他に、歩道を歩く人の姿はなかった。街路樹の枝に結った縄で首を吊った死体が二、三あった。ハンスは死体を一瞥するも、視線を前方に戻し、街路樹を素通りした。

 坂の上にある学校。ハンスは敷地内にある教室棟を三階まで上がり、或る教室に入った。空席ばかりの座席。その中で唯一、教室中央の席を埋める少女は読書中だった。片手で頬杖を付き、視線は頁の上を巡っていた。

「おはよう」

 金髪碧眼の少女=ハイネに向けて、ハンスは挨拶した。気付いた相手は返事した。ハンスは窓際の座席に向かい、そこで鞄を下ろした。


 黒板には自習という文字が記されている。授業開始を知らせる鐘が鳴ると、ハンスは鞄から問題集とノートを取り出し、黙々と作業を進める。ハイネは依然として読書していた。

 どの授業に於いても、二人の行動は変わらなかった。昼休みのとき、二人はそれぞれ非常食を口にしていた。二人の間に会話は殆どなかった。


 放課後、ハンスは外靴に履き替え、正門前で待つ。空を見上げると、朝から変わりなく雲一つない。日の光を反射し、橙色に染まっている。

「お待たせ。行こうか」

 ハイネが来たので、肩を並べて歩き出す。

「最後によく見ておかなくて大丈夫?」とハイネ。

「うん。特に思い入れはない」

 ハイネは「そっか」と言った。

「これでお別れか」

「そうなるね。短い時間だったけど、楽しかったよ」

 ハイネは素直に感想を口にした。ハンスも同じ思いなのか、「僕もそうだ」と言った。

 それぞれの家に続く分かれ道に到着すると、一言挨拶して、二人は別れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る