第6話

 迷いの森の近隣にある町・ウルムに着いた俺は、フィーに買い物に連れ出されていた。まずは服を買おう、と町の中心部にある商店の立ち並ぶ通りを適当に回っていたのだが、とにかく女の子という生き物はどの世界でも買い物が長い。加えて、俺が機動力重視で適当に選んだ服では納得してもらえず、「せっかく可愛いんだから、もっと可愛い服を着なきゃ」などと言われ、服のみならずリボンやらブーツやら、誇張抜きで頭のてっぺんから足の先まで全てプロデュースされてしまったのだ。

 その間俺は着せ替え人形のようにあれこれ着せられていたのだが、流石に動きづらそうな服や靴だけは全力で拒否した為か、彼女なりに動きやすく可愛い服というものを選んでくれたようだ。


「――うん。まあ、これなら大丈夫そうかな」

「似合うわ、さすがわたしの見立てね!」


 そんなこんなで、二時間程かけてフリルばりばりのロリィタワンピースらしきものと、それに合わせた頭の二つのリボン、更にほぼヒールのないレースアップブーツを装着し全身コーディネートを完成された俺は、今度は武器屋へ連行されていた。


「それで、武器はなにを……っていうか、戦える?」

「いけるかも……?」

「無理はしないでね。どれならいけそう?」


 ゲームでプレイヤーが回るのは、もっぱら武器装備屋、アイテム屋の方だ。やっと見慣れた外観の店に入れた俺はほっと一息ついたものの、考えてみれば軍人でもあるまいし、一般庶民の俺に武器なんて使える気がしない。運良く試し斬りをさせてくれる店だったため、まったくのド素人である俺は、適当にあれこれ触らせてもらうことにしたのだった。

 まずは、剣。どんなファンタジー物のゲームでも、必ずパーティに一人は使える人間がいる武器だ。実際、今の俺と同じぐらいには小柄なニールでも使えているが、肝心の俺はというと――


「おおっ!?」

「ちょ、ちょっと! 力入れ過ぎなんじゃないの……?」


 軽く振ったつもりが、試し斬り用のわら人形を真っ二つにしてしまった挙句、勢い余って剣が床まで刺さってしまった。どうやらこの少女の体、俺が思う以上に力があるらしい。というか、有り余っている。一応確認の為に力を籠めたら、柄が壊れそうなほどの鈍い音が聞こえてきたため、慌てて剣を手放した。握力も強いぞ、これは。

 なら、次は槍だ。が、これは火を見るよりも明らかな結果が待ち受けていた。


「…………ふ、振れない」

「あなた、身長が……」


 力はあるのだが、俺の身長が低すぎて長物が振り回せないのだ。これは問題外だろう。元の体ならこの程度簡単に振り回せたろうに、と嘆きたいところだが、そもそも元の体では武器が扱えるか分からない。


 結局その後も色々な武器を触ってはみたのだが、少女の力が強すぎて軽い武器や小さい武器は扱えず、身長が低いため長物は全て駄目。銃や弓もあるが、あれは訓練もなしに適当に扱える代物じゃないし、魔法は論外だ。自慢じゃないが、俺は頭が良くない。

 その結果、残ったのはひとつの武器のみだった。


「うーん……じゃあ、これしかないよなぁ」

「そういえば、会った時も持ってたわね。でも、本当に大丈夫なの?」

「ああ、多分?」

「はっきりしないわね……」


 その武器こそが、大剣――所謂、両手剣というやつだ。これなら柄を握力で破壊することもなく、長さが長物武器ほどは無いため振り回すのに支障もない。なにより、いくら振り回しても疲れなかったのだ。

 あの森の中では気が動転していたため、重さを感じた時点で振り回すという発想を切り捨ててしまったが、落ち着いて持ってみればなんということはない。実に扱いやすい武器だった。この体の馬鹿力をセーブするにも、ちょうどいい重さなのである。あとは剣術の方をなんとかすれば、戦えるだろう。

 まあ、目下の問題はその剣術の方なんだが。


 ◆◆◆


「結局、全部揃えてもらっちゃったな……ありがとう。でも俺、お金返せないけどいいのか?」

「大丈夫だよ、みんな自分のお財布を持ってるわけじゃないから」


 武器防具も揃え、とりあえず見た目だけは美少女冒険者らしい格好に収まった俺と付き添いのフィーは、宿で待機していた男連中と合流し一旦夕食をとっていた。

 宿の食堂の一角で食事をとる少年少女(ひとり成人間近の男がいるが)の一団など、傍からはどう見えるんだろうか。などと今はあまり意味のない現実的なことを頭の端で考えながら、今日の買い物の全ての金を出してもらった礼をしていたが、誰もそれについては気にする様子はなかった。


「そうそう、遠慮しないで。あんまり気にするなら、体で返してもらうから大丈夫よ」

「か、体……?」

「戦闘でね」

「あ、ああ……そういう事か。びっくりした」


 可愛い顔をして何を言っているんだこの娘は、と突っ込みかけた俺は本人の訂正でようやく思い出した。フィーはめちゃくちゃ良い子なのだが、たまに言葉選びが危ういのだということを。それにしたってこのタイミングでその発言は限りなくアウトだろうが、既に慣れ始めているのか俺とニール以外の二人は涼しい顔で食事を続けていた。ニールはまあ、俺が思っているのとは別の意味に受け取っているだろう、これは。


「フィーは言葉選びが……その、凄いから……あんまり気にしないでね」

「あ、いつもこんな感じなのか……」

「うん……」


 俺より狼狽えているニールにそう耳打ちされながら、久々に賑やかな食事の時間を過ごしたことでやっと精神的に落ち着いて来た俺は、メンバーの旅の理由を聞いたりしながら交流を図っていた。しかしそれも、夜が更ける前には明日に備えて解散となる。

 ――だが、俺はメンバーの誰よりも早く食堂を後にした男の背を追いかけて、宿の外へ向かっていたのだった。

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