第3話
「キミ、大丈夫!?」
俺と獣の間に割って入ってきたのは、今の俺と同じぐらいの背丈の銀髪の小柄な少年だった。その少年は剣で攻撃を受けると、獣の腕を振り払いそのまま肘から下を綺麗に斬り落としてしまう。とんでもない切れ味の剣であり、とんでもない剣の腕の持ち主だ。
「…………あ、あんたは……!?」
「あいつは、わたし達が片付けるわ! あなたは隠れて!」
「あ、ああ……」
腕を切り落とされたことで怯んだ獣を別の赤髪の少年が蹴り飛ばした隙に、俺の腕を引きその場から離してくれたのは青髪の気の強そうな少女である。その少女に低木の陰に押し込まれた俺は、緊張でうるさく暴れる心臓と呼吸を落ち着かせながら、あっという間に獣を倒してしまった少年少女達の姿をただ眺めている事しかできなかった。
しかし、この少年達の姿には既視感がある。いや、既視感というよりは、見覚えがあるという強い確信がある――と言った方が正しいだろう。何故なら彼らの姿は、最近毎日のように目にしていたからだ。
「……ふぅ、倒せたぁ」
「よくやったわね、ニール! また強くなったんじゃない?」
「だな。あいつ相手に飛び出して行くなんて、大した度胸だぜ」
「えへへ、二人ともありがとう」
どう考えても、どう見ても、目の前の少年少女達は、間違いなく俺が子供の頃からやっていたあのゲーム【ワールド・ピュリフケーション】の主人公とその仲間達だ。銀髪の少年ニールはゲームの主人公。青髪の少女はフィー、ヒロインだ。そして赤髪の少年はヨシュ、主人公とヒロインの兄貴分である。考えてみれば、さっきの獣もゲーム序盤に出てくるモンスターに似ている気がする。
つまり俺は、ワールド・ピュリフケーションの世界に入ってしまったのか……?
「危ないところでしたね。大丈夫ですか?」
「……あ、ああ」
信じがたい光景に言葉を失っていた俺は、更に信じがたい光景を目にすることになる。呆然としていた俺に声を掛けてきたのは、見た事もないイケメンだったのだ。そう、ゲームをクリアした筈の俺が全く見た事がないイケメンだ。
誰だ、この黒髪のイケメン。こんな奴ゲームにいなかったぞ。
「キミ、大丈夫? ケガはない?」
「ああ……大丈夫みたいだ。助けてくれてありがとう」
「よかったぁ……どういたしまして」
謎のイケメンとの邂逅で、遂に思考のキャパシティが限界を迎えようとしていた俺を気遣ったのは、ニールだった。
ニールはゲームでの印象通り人懐っこい少年であり、お人好しなのは変わらないようだ。俺の無事を確認すると、大袈裟に胸を撫で下ろし満面の笑みを浮かべていたのだ。これなら、あくの強いパーティメンバーが好んで構うのも分かる気がする。
「待って! あなた、背中……!」
「背中……?」
「服、破れてるわ……本当に、怪我はないの?」
「え? ……いや、どこも痛くないけど」
フィーに引き留められ思わず自分の背に腕を回してはみたが、彼女の言う通り服が破けていること以外は特に異変はなく、傷がある様子もない。さっきの魔物にいつの間にか攻撃されていたのだろうかとも考えたが、そうであれば無傷で済むなんてそんな幸運過ぎることがあるだろうか。少なくともあの魔物の様子では、一撃喰らっただけで致命傷までいくだろう。
正直全く身に覚えがないが、俺が転がっている間にどこかに引っ掛けて破けたのだろう、という事にしておいた。
「しっかしアンタ、なんでこんなトコにいたんだ? ココ、魔物の巣窟だぜ?」
「魔物の巣窟……?」
「近隣では、“迷いの森”って呼ばれてるらしいけど……あなたもしかして、知らずにここに入ったの?」
迷いの森――たしか、主人公達が三番目に訪れるダンジョンだ。ロールプレイングゲーム世界にはよくある、一度足を踏み入れると生きて出る事は出来ないと言われている森で、ダンジョンの出口付近に強力なモンスターは配置されているが、主人公達は大抵難なく通り抜けるタイプのダンジョンである。
とはいえ、一般人にとっては危険な場所には変わりないだろう。そんな所に一般美少女の俺が転がっていたなんて、悪い夢だと思いたい。
「入ったっていうか……気が付いたら、ここにいたっていうか……」
「どういう事だろう……? アキさんの時みたいな感じかな?」
心当たりが全くない俺が歯切れ悪くそう零すと、皆が皆一様に首を捻る。そんな中、イケメンを見上げたニールの言葉が引っかかった。
「じゃあ、アレを見れば分かるんじゃねーの?」
「あ、そうね。あなた、身分証は持ってる?」
「身分証……?」
一瞬、現実世界の免許証や保険証の話かと思ったが、それを口にする前に思い出す。
身分証というのは、この世界独特の住民管理システムの一環のアイテムだ。この世界の王国は住民一人一人に身分証というカードを配布しており、そこには確か“名前”、“年齢”、“身分”が記載されている筈だ。戸籍や人口管理の為のものだったが、ゲーム中ではいくつかのサブイベント以外に使いどころはなかったものだ。それがまさか、ここで活用されることになろうとは。
「えーっと…………あ、これの事か?」
「……ちょっと失礼しますね」
スカートのポケットに入っていたカードを見つけた俺はそれをフィーに渡したが、何故かすぐにアキとかいう男の手に渡ってしまった。
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