第12話 入学試験 その1

 試験会場に着いた時、俺はそこにいた人間の多さに思わず息を呑んだ。

 少なく見積もって約二千人の受験者がそこにはいた。

 

 指定された席に着き暫くくつろいでいると、突然場内の照明が一斉に消え、唯一壇上の照明だけが再び明かりを発した。


「皆良く来てくれた! 私はガルム・ウォンド! このシュヴァリア勇者学院で副学長を務めている! それでは、早速だがシュヴァリア勇者学院第千三十期生の入学試験……その説明を始める!」


 そして突如として壇上に登場した副学長と名乗る男の声が、講堂内に響き渡る。

 

 いよいよだ。

 ランダムに指定された席に並ばされた俺達は壇上に立った男の説明を聞いていた。

 ちなみに、ランダムに座らされたためネスティとは離れてしまった。


「この入学試験は、第一試験と第二試験二つの結果を加味して合否を決める」


 ほう、つまりどちらかが良くない結果でももう一つの試験次第では挽回できるという訳か。

 まぁ、俺には関係の無い話だがな!


「第一試験は朱雀の間で行う。それぞれ個人で行き、終了次第ここに戻って来い。そして全員が戻ってきた後、今いるお前達の席からグループ分けをし、第二試験に集団で参加してもらう」


 第二試験に関しては、この並べた順番を基にしたグループに分かれて試験を行うらしい。

 という事は、俺とネスティは第二試験に関しては別行動だな。


 後のガルムと言う男の説明はその他の諸注意などであり、聞く価値が無いと判断した俺はそのまま惰眠を貪る事にした。


 ……。


「それでは諸君! 健闘を祈る!!」


 どうやら男の話が終わったようだ。

 俺は欠伸をしながら重いまぶたを開ける。


「行きましょう。イブル様」

「よし! 行くとするか!」


 俺の座っていた席まで歩いて来たネスティに誘われ、俺は席を立った。


 

 朱雀の間という場所へ向かう道中、何やらひそひそとした声が後を絶たなかった。


 ふん! まぁこの俺の圧倒的存在感であれば仕方が無い! 特別に噂を立てる事を許可してやろう!


「おいおい、誰だよあの可愛い子」

「知らない、何処の貴族の子だ? あんな子見た事無いぞ」

 

 ……どうやら俺の事ではないらしい。


「良かったなネスティ、周りの者が可愛いと言っているぞ……」


 俺は少しテンションを落として、ネスティに言った。


「イブル様以外に言われても、何一つとして嬉しくありません」

「そうか……」


 何とも言えないネスティの返答に、俺は更に肩を落とす。 

 


 第一試験はマナ測定。

 百個の台の上にそれぞれマナ測定器と呼ばれる器具が置かれており、それに手をかざし体内のマナを測定するというものらしい。

 先に測定している者を見ていると、この測定は一人当たり十秒程度しか掛かっていないように見える。

 受験者が二千人以上いても、これならば一時間程度しか掛からない計算だ。


『九百七十』

『五百九十一』

『七百三十五』


 受験者たちが計測器にマナを注ぐと、そんな数字が次々と表示され、機械音声でその数字が読まれる。

 どうやらマナ測定器には体内のマナと大気中から取り入れたマナの総量を数値化して可視化するという機能が搭載されているらしい。


「あ、あれは……!」


 そんな時、俺達と同じように並んでいた一人の生徒が口を開く。


「ん?」


 俺はそいつが示した声の先に目をやる。

 するとそこには見るからに金持ちだと言わんばかりの風貌の男が歩いていた。


「誰だアイツは?」

「分かりません。ですが、どこかの貴族でしょう」

「まぁ……そうだな」


 王都に来たばかりの俺とネスティではあまりにも知識が足りない。

 そこで俺は、俺の前に立っている男に話を聞く事にした。


「おいお前」

「うわっ!? 何だよ……」


 急に呼ばれたのに驚いたのか、男は肩をビクつかせた。


「一体誰だアイツは?」

「だ、誰ってお前知らないのか……?」

「あぁ、全く知らん。だから教えろ」

「ったく何処の田舎の貴族なんだよあんた……。いいか、あの人はニルト・ヒューグ。この王都でも有名な名家の一人息子だよ。今回の試験の合格者候補だよ」

「ほー」

「折角人が説明してるのに反応薄くないか……?」

「気にするな! 大して興味がないだけだ」

「だったら何で説明させた!?」


 男の声を無視して俺はニルトという男が測定するのを何となく見る事にした。


「はああぁぁぁ!!」


 そんな声を上げながら、ニルトは計測器に力を籠めた。 

 そして数秒後、測定器の表示板に数字が表示される。 


『五千九十七』


『うぉぉぉぉぉぉぉ!』


 俺が今まで見ていた中で圧倒的最高値を出したニルト、それを見ていた周囲の受験者は称賛や感嘆の声を上げていた。


「ふっ……」


 注目の的となったニルトは軽く鼻を鳴らしている。


「四桁か、今までの奴らが三桁な事を考えれば中々凄いのではないか?」

「そうだよ……あぁ、やだなぁ……あの後に行くの。圧倒的な差を見せつけられる感じだ……」

 

 前にいた男は憂鬱そうに溜息を吐くと歩き出し、マナ測定器の前に立つ。

 見れば、他の者も同じように暗い雰囲気を纏っていた。

 そして同じようにマナが測定され、数値が表示される。


『六百六十六』


「おぉゾロ目ではないか! 良かったな!」

「よかないよ!!」


 涙目で男はそう訴える。 


 なるほどな、これは一つの指針。

 数字という分かりやすものであるからこそ、誰が優秀で誰が劣等なのか非常に分かりやすいという事だ。


「次の人」

「ん……? あぁ俺か」


 呼ばれた俺は前に出て測定器の前に立つ。


 さて、と! 俺の数値は一体どの程度何だろうな……!


 内心少しワクワクしながら俺は測定器に手を掛けた。


『…………』


 ワクワク


『……$(("#$""==』


ワクワク


『……!!!#IO("JFIEJFOI$("”!!』


 ワクワクワク


『!!!!!!!!』


 ワクワクワク……って遅くないか!?


 流石におかしい、待てども待てども一向に数値が出る気配が無い。

 それどころか計測器は何やら奇妙な音を立てて煙を出し始めた。


「こ、これは故障ですかね……?」


 測定器の近くに立つ学院側の教員が首を傾げる。


 バカな、さっきまで普通に測定できていただろう!!


『)#)FQF!F!F!=DDDDDFFFFFF!!!』


 だがそんな思いとは裏腹に、どうやら本当に計測器は壊れてしまったようだ。

 しかし、最期に測定器は己の責務を全うするかのように音声を絞り出した。


『ゼ……zzzzzzzzゼロ』


 ……。


「ゼロ?」


 俺は思わず計測器に聞き返した。


「そんな訳がないだろう!? この俺が!!」


 狼狽する俺、すると周囲からクスクスと笑い声が聞こえる。


「おいおいゼロだってよ……!」

「何だよアイツ。才能の欠片もねぇじゃねぇか」

「記念受験にでもきたのかよw」


 などといった声が俺の耳に入る。


 マズイ……!!


 確かに自分の事を貶されるのは王として誠に遺憾な事態だ。

 前世の俺であれば怒りに身を任せ手当たり次第に殺戮の限りを尽くし、山を破壊して回っただろう。

 だが今の俺には自分の怒りよりも優先すべき事項が存在している。


「……」


 堪えろネスティ!!


 今にも周囲の人間を殺すような顔をしているネスティに目配せをして俺は宥めようとする。


(頑張れ! 頑張るのだ!!)


 俺はジェスチャーでネスティに意思を示した。


「……」


 おぉ! 偉い、偉いぞ!! それでこそ我が部下よ!!


 プルプルと体を震わせ怒りを抑え込むネスティ、もう先程のエヴァの一件から彼女は飛躍的成長を遂げたのだ。


 くっ……!! まさかこの俺がこんな判定を食らうとは……!!

 これでは第二試験で巻き返すしかないではないか。


 ネスティの方は大丈夫だと判断した俺は、表示板に書いてあるゼロの数字を見る。

 余裕だと思っていた入学試験に黒い影が差し掛かり始めた。


「恐らく機器の故障でしょう。すぐ隣の測定器で再測定を……」

「いや、構わん」


 しかしそれとは反比例して、俺の表情は笑っていた。


「……よろしいのですか?」


 信じられないと言った表情で、教員は俺を見る。


「構わんと言っているだろう。ハハ、まさかこの俺が窮地に立たされるとはな……面白いではないか!」


 そう、試練とはこうでなくては面白くない。

 良いだろう、俺はこの窮地から這い上がり合格してやる!!


 つまらないものと思っていた入学試験に喜びを見つけた俺は、寧ろやる気が湧いて来た。 


「そうですか。本人が希望するのなら、もうこちらから言う事はありません。一先ず新しい測定器を持ってきます。それまでこの列は待機していて下さい」

 

 ネスティを先頭とする後続の列にそう告げた教員は壊れた測定器を抱え、離席した。



「お待たせしました。それでは測定を再開します」


 新たな測定器を持って来た事で、再び俺達の列の測定が再開される運びとなった。


「頑張れよネスティ!」

「はい。必ずやご期待に添えてみせます」


 そう言ってネスティは測定器の前に立つ。


「……」


 そして彼女は、測定器にマナを籠めた。


「お、おいおいおい嘘だろ……!!」

「な、何だよあれ!!」

「何者だよあの子!?」

「あんな数字有り得るのか……!?」


「ガハハハハハハハ!! 流石は俺の部下よ!!」


『八万六千四十五』


 先程の高得点など足元にも及ばない点数を叩き出したネスティに対し、俺は誇らしげに笑った。

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