第9話 レッツ魔獣討伐

「頼もう! この紙について聞きたい事がある。詳しい者を呼んでくれぬか?」


 俺は受付をしている嬢にそう言うと、近くの席で待っているように言われた。

 そして待つこと約五分。

 長椅子に座る俺とネスティの前に、一人の男が現れた。


「どうも、レスクって言います……って子供かよ」


 開口一番何やら失礼な物言いをするレスクと名乗った男は俺達の前に設置してある同じ長椅子にドカッと腰かけた。


「んで、子供二人がこんな所に何の用だ?」

「ガハハハハハハ!! この紙の真偽を確かめたくてな! この紙を貼ったのはお前たち駐屯兵だと聞いたぞ?」


 俺とネスティは今駐屯兵のいる駐屯所へと足を運んでいた。

 駐屯兵、簡単に言えば町の治安を守る役職を持った人間たちの事らしい。

 地方の学校を卒業した者は大抵この役職に準ずるとのことだ。


「うん……? あぁ、まぁそうだけど」

「そうか! ならここに書いてある魔獣を倒せば金貨百枚と言うのは本当なのだな!!」

「何だ。お前達まさかガロイウルフを討伐する気なのか?」

「うむ!」

「はい」


 駐屯兵の言葉に俺とネスティは短く答える。


「ははははははは!!」


 だが、次に返って来た駐屯兵の反応は大声の爆笑だった。


「む?」

「はははは!! ひぃ……!! ひぃぃぃ……!! あぁ腹痛い!! あのなぁ……、この紙は凄腕の賞金稼ぎとかそういう人間を対象にしてるんだよ。子供のお前ら二人じゃあ死にに行くだけ」


 笑いから出た涙を指で拭いながら駐屯兵は答えた。


「そんなに強いのか? このガロイウルフと言う奴は?」

「そりゃあもう! 今から数年前、ここから東に三十キロくらい離れたトータの森に住みつくようになって以降……森に入った人間を全員殺しちまってんだ」

「ほう」

「俺達駐屯兵は討伐部隊を組んで討伐に向かったけど、結果は散々。その時に行ったメンバーの半数を失った。んで俺達は方針を変更、ヤツが町に来ない限りは干渉しない事にしたんだ」

「それで、後は賞金稼ぎ頼みという訳ですか?」


 補足するようにネスティが口を挟む。


「あぁ、外部の人間がいくら行こうと俺達に影響はないからな。それで万一にもヤツを殺せたってなら万々歳だ。あそこの森林資源は貴重だからな。だからこの貼り紙も一応張り続けてる」


 なるほど……!


「つまり、まだ賞金は有効という訳だな!!」

「いや有効だけど……、まさかお前ら行かないだろうな?」

「行くが?」

「いやいやいやいやいや! 話聞いてただろ? 死にに行くようなもんだって。止めてくれよ、それで死んだら俺の目覚めが悪い」

「安心しろ! その何とかウルフを殺し、町に襲来するかもしれないという不安を取り除いてやる!」

「あぁもう……!」


 俺の美しい断固たる意志に駐屯兵は頭を抱える。


 どうも俺と話す人間は最終的に頭を抱える者が多いな。

 一体どうしたというのだ? まぁ、いいか。


「聞きたい事は聞けた。行くぞネスティ!」

「はいイブル様」


 得たい情報を手に入れた俺達はすぐさま立ち上がると外へ出た。


「っておい話はまだ……って……?」


 俺達を追いかけるように駐屯所を出るレスク、しかし彼が俺達の姿を見る事は無かった。


 当然だ。

 外へ出た瞬間俺は『空間転移アバタート』を利用してすぐさまトータの森に来たのである。

 三十キロも離れた場所へわざわざ歩くなどという面倒臭い事したくない。

 走れば数分かからないだろうが、それでは今度はネスティが付いて来れない。

 よって移動するためのスキルを使用した。

 ちなみに、このスキルにも例外なく制限が掛けられている。

 まず移動範囲は五十キロ、そして転移させられるのは四人までだ。

 しかも日に三度しか使えない。

 全く以て不便で仕方が無いが、今回のような事例ならば何の問題も無かった。


「よし。ネスティ、しっかりと俺に付いてくるが良い!」

「はい。このネスティ、しっかりとイブル様に付いて行きます」


 俺達は森へと入っていった。



「おいネスティ」

「何でしょう」


 森へ入って数分、俺は自分の置かれている状況に苦い顔をする。

 それもこれも、全てネスティが原因である。


「くっつき過ぎだろ」


 今ネスティは俺の左腕に抱き着くように密着している。

 正直、歩きにくい。


「いいえ、そんな事はありません」

「いや。間違いなく、必要以上にくっつき過ぎだ」

「しっかりと付いて来いと言ったのはイブル様です。こうすればイブル様を見失う事は絶対にありません」

「都合よく俺の命令を解釈するな!? 隣を歩く程度で良いのだ! 何故こうも密着する必要がある!?」


 軽く腕を振り拘束解除を試みるが、ネスティは頑固として俺の腕から離れない。

 力を籠めるとネスティを吹っ飛ばしてしまうので加減が難しいのだ。


「まぁまぁ、そんなこと言わずに。あ、見て下さい可愛い木の実がありますよ。持って帰りましょうか」

「露骨に話を逸らすな!」

「後この森暗くて怖いです。それを紛らわすためにもこれは必要な処置です」

「何だその取って付けたような言い訳は!? 絶対思ってないだろう!」


 全く……何故魔王の俺が幹部に翻弄されねばならんのだ。


 ネスティを離す事が無理だという事を悟った俺は、諦めて普段よりもおぼつかない足取りで森の奥地へと入っていった。



「……ネスティ」

「はい。感じます、魔獣の気配です」


 森の中心付近にまで到達した俺達は、明らかに異常なマナの波動を感じる。


「おい魔獣! いや、この森の主となった者よ!! 位置は分かっている、その姿を見せるがよい!」


 木々から差し込む日差しを背に、俺は魔獣に呼び掛けた。


「……」


 そして数秒後、奥の大木の木陰から勇ましい音を立て、一匹の四足歩行生物が姿を現す。


「グルルルルルルル……!!」


 差し込む光に照らされ、その生物の姿は徐々に明らかになった。


 獰猛さを象徴する牙と鋭い眼、そして歴戦の勝者である事を示している体に刻まれたおびただしい数の傷。

 そして何よりも特徴的なのは、その大きさだった。

 少なく見積もっても、凡そ十メートル。

 二本足で立ち上がった場合の体躯ではない。

 四本足の状態で、足の先から頭までの大きさだ。


「ほぅ! 中々に巨体ではないか!」


 十数年振りに見た巨大魔獣に俺は少しばかり感動する。


「ゥゥゥゥゥゥゥゥ……!!! グルアァァァァァァァァァ!!!」


 俺達を睨み付ける魔獣、ガロイウルフは凄まじい叫びをあげると真っすぐにこちらへ突進してきた。


「イブル様」

「うむ」


 すると今まで腕に絡みついていたネスティが俺の前に立つ。

 その意味を瞬時に理解した俺は短く返事をした。


「イブル様に危害を加えようとする者は、誰であろうと許しません」


 そう言ってネスティは手を伸ばし、唱えた。


送迅の鎖リクラット・チェイン


 拘束のためのスキルを放つネスティ。

 するとたちまちガロイウルフの周辺に魔法陣が出現し、そこから無数の鎖が放たれた。


「!?……ガアァァァァァァァァ!!!!!」


 放たれた鎖は対象の体中を締め付けて一切離さない。

 ガロイウルフは体中に力を籠め離脱を試みるがそれは不可能だった。


 次いで、ネスティは次のスキルを放つ。


業火絢爛エンド・バーン


 動けないガロイウルフの周辺に同じように魔法陣が出現、そして今度は鎖ではなく灼熱の業火が放たれる。


「ガアアアァァァァァァァァァァ!!!???」


 発射された全ての業火がガロイウルフに向かう。

 それらを一身に受けた対象は悲痛な雄叫びを上げながら絶命した。


 うむうむ! 戦闘面での教育はやはり大成功だな!


 俺はネスティの成長具合に満足する。


『魔王』である俺の教えと、彼女自身の才能がネスティの実力をここまで昇華したのだ。


「申し訳ありません。イブル様」


 だが、当の本人は浮かない表情だった。


「む、何がだネスティ?」


 黒焦げになり、プスプスと煙を立てているガロウウルフの死体を尻目にネスティは顔を暗くする。


「もっと威力の低いスキルを使用すべきでした。これでは無駄にマナを使った事になります……。まさか森の主があの程度とは……」

「ふむ」


 確かにやり過ぎではあるな。


「まぁあまり気にするな! 獅子はウサギを狩るにも全力を尽くすとも言うだろう!」

「それは、獅子であるイブル様だからです。私のような者はもっと効率的に戦わねば……」


 そう言うネスティの表情は本当に悔いているようだった。


「ネスティ!」


 俺は彼女の両肩に手を置いた。


「は、はい!?」

「自信を持て! お前は強い! 何故ならお前は、この俺が育て上げたのだからな!!」

「イ、イブル様……」

「ガハハハハハ!! 俺は、お前がここまで強くなってくれて鼻が高いぞ!!」


 そう言って俺はネスティに笑い掛ける。


「ありがとう、ございます……! このネスティ、更に精進致します。ですから、これからも私を御傍おそばに置いてくださいますか……?」

「ガハハハハハハハ!! 当たり前だろう!!」


 俺の言葉を聞いたネスティは、心底幸せそうに微笑んだ。


「さぁ! 用件は終わった!! コイツを持って帰るぞ!!」

「はい!」


 こうして、何一つ危険な場面も無くガロイウルフ討伐は完了した。

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