第8話 お金を稼ごう

「シュヴァリア勇者学院?」


 聞き慣れない言葉に、俺は首を傾げた。


「そう言えばこの近くにも学び舎があった気がするが、それとは違うのか?」

「はい。シュヴァリア勇者学院は王都にある学び舎です」

「王都……」


 そう言えば行った事無いな……。


 俺は自分が住んでいる国の主要都市を訪問していない事を思い出した。


「して、何故その学院を提示した?」

「シュヴァリア勇者学院は冥域の魔族と戦う『勇者』を育成するための学院だからです。恐らくそれなりに強い者達がいます。その中には……イブル様の呪いを解呪できる者がいるやもしれません。学院に入学できるのは十五歳からですから、イブル様も私も条件を満たしています」

「なるほど!!」


 強い部下も手に入れて、俺のこの呪いも解除できる!!

 一石二鳥では無いか!!


「流石は俺の部下だ! 褒めて使わす!」


 そう言いながらネスティの頭を撫でてやると、


「ありがとうございます」


 彼女は心底幸せそうに眼を閉じた。



「母さん、父さん! 俺とネスティは王都へ行くぞ!」


 その日の夜、夕食の席で俺は母さんと父さんに話を切り出した。


「王都って、それまたどうして?」

「うむ! よくぞ聞いてくれた父さん! 俺達は王都へ行き、シュヴァリア勇者学院に入る事にしたのだ!」

「私もイブル様と共に行きます」

「またとんでもない事をこの子は……ネスティちゃんまで……」


 そこに母さんが頭を押さえながら口を挟む。


「む、どうした母さん?」

「あのねぇ。シュヴァリア勇者学院っていうのはこの国の最高峰の学校なのよ? それを今まで何にもやってこなかった子が入学なんて、出来る訳ないじゃないの」

「安心しろ! この俺の威光と尊厳を以てすれば容易い事よ!」

「それだけじゃどうしようもないわよ。あんたあそこの入学試験の難易度知ってるの?」

「入学試験?」


 何だそれは……?


 俺は思わずネスティの方を見る。


「あそこは小さい頃から英才教育を受けた貴族が国中からいっぱい受験しに来るの」


 ほう……。


「余裕だな!」

「話を聞いてたかあんたはぁ!?」

「聞いていたとも! 要はその入学試験に合格すれば良いだけの話だろう?」

「だからそれが出来ないって言っているの! ネスティちゃんならともかく」

「母さんは息子が信用できないのか!?」

「わ~!? すっごい良い言葉!! 思わず胸に響く所だったわ! 危ない危ない! 第一、あなた達試験を受けるためのお金はどうするのよ?」


 ん、金……?


「何だそれは? 試験を受けるだけでそんなものが要るのか?」

「当たり前じゃない。いい? 勇者学院の受験料金は他の学校とじゃ比べ物にならないくらい高いのよ」

「ぐ、具体的には……どれくらいだ?」

「ズバリ、金貨十枚。二人なら二十枚ね」

「な、何ィ!?」


 金貨十枚だと……!? 家の食費何か月分なのだ!?


 俺は混乱して金額を食費で換算する。

 この世界の通貨は銅貨、銀貨、金貨という優劣がある。

 俺達が普段使用する硬貨は銅貨。

 たまに銀貨を使うがそれすらほぼ無い。

 つまり、金貨と言うのは平民にとって縁の無いものなのだ。


「言っとくけど、ウチはそんな大金用意する余裕ないからね?」

「むぅ……」


 俺の家は決して貧困という訳ではないが裕福という訳でもない。

 母さんは内職、父さんは日中外で肉体労働に励んでいるが俺とネスティ二人を養っている。

 確かにそんな金は用意できないだろう。


 くそ……! 如何せん今の状態の俺では金貨の偽造は出来ない……!


 八方塞がりになった俺は頭を抱える。


「イブル、ネスティちゃん」

「ん……?」

「何でしょう?」


 そんな時、父さんが俺とネスティに声を掛けた。


「二人は、本気で勇者学院に入りたいのかい?」

「あ、あぁ」

「はい。私の望みは、イブル様に付き従う事ですから」


 いつになく真剣な面持ちで聞いてくる父さんに俺達は面食らいながらも言葉を返す。


「……そうか」


 俺の答えに何処か満足げな笑みを浮かべた父さんは席を立つ。


「少し、待ってなさい」


 そう言って父さんは近くの戸棚の奥へ手を入れると、袋を取り出した。

 そして改めて席に着く。


「父さん、何だこれは?」

「見れば分かるよ」


 俺とネスティはその言葉に従い袋の中身を見る。

 それを見た俺達は、目を丸くした。


「こ、これは……」

「……」

「お、お父さん!!」


 母さんも驚いてはいたが、俺達とは何か別の意味で驚いているようだ。


「どうして……こんな」

「ははは。子供のために貯金するのは、親として当然だろう? だから僕と母さんはイブルとネスティのために頑張ったんだ」

「そ、そうなのか母さん?」


 俺は母さんを見る。

 母さんは何も言わなかったが、その表情がそうである事を物語っていた。


「まさか、これを……」

「うん。二人に渡すよ」

 

 袋の中に入っていたのは、金貨だった。

 適当に数えただけでも、二十数枚ある。

 

 いくら俺が働いていないと言っても、この国で十六年間暮らしてきたのだ。

 これだけの金額を貯蓄するのが、どれだけ大変かはよく分かる。

 だが、母さんと父さんはそれを俺達のために貯めたと言った。


 全く……本当に、この家族は……。


 俺は袋の口を握り締める。

 そして、父さんと母さんの顔を見て俺は笑う。


「ガハハハハハハハ!! 見くびってもらっては困るぞ二人共!!」

「え……?」


 あぁ、そうだ。

 こんな気の良い家族に、迷惑を掛ける訳にはいかない!!


「そんなもの、すぐに俺が稼いでやる! だから、この金は要らん!! 精々二人で何か美味い物でも食べるが良い!」

「はい。このお金は、お二人が自分達のためにお使いください」


 どうやらネスティも同じ考えのようだ。

 

「で、でも……」

「良いと言っているだろう!! 父さん、お前の息子と娘はそこまでしてもらう程やわではない!」 

「はい。お父様のお手を煩わせはしません」


 同調するように、ネスティも言葉を重ねる。


「母さん!」

「な、何……?」


 突然声を掛けた事で、母さんは少し呆気にとられた。


「もし俺達が金貨を集めたら、その時は入学試験を受けるのを認めてもらうぞ!」


 俺の提案に母さんは少し考えた後、動揺の抜けていない口調で答える。


「……ま、まぁ。自分達が稼いだお金を、こっちがとやかく言う理由は無いわね……」

「決まりだな」


 母さんの了承も得た事で、俺はニヤリと口角を吊り上げた。

 

「見ていろ二人共! 金貨二十枚、あっという間に集めてやろう!!」 


 そしてそう高らかに宣言するのだった。



「とは言ったものの……どうしたものか」


 翌日、再び町を散策していた俺は金策を巡らせるがどうにも名案が思いつかない。


「やはり地道に働くしかないのか……?」


 そんな事を考えていると、


「イブル様!」

「む、おぉネスティ! どうだった?」


 別行動をしていたネスティが合流してきた。


「はい。町の情報局で次の入学試験の日程を聞いてきました」

「それで、いつだ?」

「丁度今から二週間後です」

「二週間……か」


 それでは地道に働くという選択肢は却下だな。

 どうしたって間に合わん。


 何か、何か無いか……?


 二週間以内に、大金を稼ぎ出す方法……。


 そう思いながら、無い物ねだりで俺は周囲を見渡す。


「……む?」


 だからだろう。

 普段は気にも留めなかった張り紙が、その存在を主張するように俺の視界へと入り込んだ。


「これは……」


 張り紙を剥がし、俺はその内容をよく目にする。


「……」


 そして内容を理解した俺は、次の瞬間貼り紙の張ってあった食堂へと入店した。


「おい店主!」

「ん、何だよガキ」

「この紙に書いてある事は本当か?」

「ん~? あぁ、それね。本当っていうかそれこの町の駐屯兵に貼っとけって言われて仕方なく貼ったやつだよ。詳しく知りたきゃあ駐屯所に行きな」

「なるほど! 情報提供感謝する!!」


 それだけ聞ければ十分だ。


 俺はすぐさま店から出た。


「ネスティ! 見つかったぞ!! 短時間で金を稼ぐ方法が!!」


 そう言って、俺はその紙をネスティに見せた。

 近付いてそれを見た彼女は表情一つ変えはしなかったが、何処か誇らし気な口調で言った。


「名案です。イブル様」

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