第126話 旅の再開と襲撃と

 一夜明け、ワシ達は皆揃って朝食を食べている。


 ギデオン殿やミミ殿は、昨夜のことがあるから同席しないかと思っていたが、普段と変わらない様子でパンを頬張る。


「(強いな……)」


 そんな二人を見て、ワシは思わず聞き取れない程の小さな声で呟いた。

 だってそうであろう? 仮にワシが同じ立場であれば、恐らく号泣すること必至。

 そして、負った心の傷を癒すという名目で、メルザやライラに甘えながらボディタッチをするという、セクハラ紛いのことをするに決まっている。


 まあ、そんなワシのことは置いといて。


 朝食を終えると広間へと戻り、支度を整える。

 それが終われば、王都へ向かうため、いよいよヘレル村を立つことになる。

 ルシエラ殿は柵や、王都から戻る際も立ち寄るように、と言ってくれたが、それでも、やはり離れることになるのは、一抹の寂しさを感じるものだ。


 特に。


「う、うう……お別れなんてやだよお……」

「また来るから、ね?」

「ね?」


 カイ・ルイとすっかり仲良くなったカーラが、もう既に泣き出し、二人がそっちのけで一生懸命宥めている。


 また、別の場所では。


「マ、マルグリット様! そ、その、またお会いできますか?」

「オーッホッホッホ、ええ勿論。それまで、息災にしていますのよ?」

「「ハ、ハイ!」」


 何時の間にか、ちびっ子の奴が孤児院の男の子達を侍らしておったのだ。

 大体、ちびっ子の癖に調子に乗り過ぎである。ちびっ子の癖に。


 そして。


「ギ、ギデオン兄……その、また来てくれるよね?」

「ん? ああ……」

「そ、その時は、その……ううん、な、何でもない……」


 ハア、そこら中で乳繰り合いおって……。

 見ておれ! ワシも王都へ行った暁には、王都の綺麗な女子達と仲良くなって、お主達以上にお別れイベントを謳歌してやる! ……多分。


「さあさあ、それじゃ出発するよ! シスターをはじめ孤児院の皆さん、お世話になりました!」


 ラーデン殿が代表してルシエラ殿以下孤児院の皆にお礼を告げる。

 結局、ラーデン殿はこの村ではほぼ出番なしであったな。

 まあ、此処でも「王都に行きたくない」と駄々をこねた結果、ククル殿の不興を買って延々と説教を食らい、部屋の隅で体育座りをしながら打ちひしがれていたからイカンのだが。


「あらあらまあまあ、また何時でもお越しください」

「ぐす……カイ君、ルイ君、また絶対に来てね?」

「「マルグリット様お元気で!」」

「ギデオン兄……」


 ルシエラ殿の挨拶を皮切りに、孤児院の皆が思い思いに別れの言葉を放つ。

 だが、その内容は特定の者限定であり、ワシを含め、名前を呼ばれなかった者の疎外感は半端ない。

 特にミミ殿なんか、この孤児院出身だというのに、誰からもその名を呼ばれないなど、見ているコッチがツライ。


「と、兎に角、早く出発しようではないか!」

「は、はいっす」


 居た堪れなくなったワシは、御者を務めるククル殿を急かした。

 ククル殿が馬首を返すと、村の出口へ向けて馬車が動き出す。


 その時。


「「「「ギデオン兄ちゃん、ミミ姉ちゃんまた帰って来てねー!」」」」


 その声に振り返ると、孤児院の子ども達が全身を使って大きく手を振っていた。


 ◇


 孤児院の皆と別れ、村を出ると、王都への近道となる“ロヤの森”を目指す。


 只今の馬車の警護はワシ、ミミ殿、メルザだ。


「なあミミ殿、此処から件の森までは、どの位掛かるのだ?」


 ワシは何となしに、馬車を挟んで反対側を警護しているミミ殿に尋ねた。


「……ロヤの森は、この速さならあと二、三時間もすれば到着する」

「ふむ。では、森はどの程度の広さなのだ?」

「……此方から王都側へ抜けるのに、大体丸一日掛かる」


 ほう。であれば、それ程広くもないから、森を抜けるのに苦労することもあるまい。


「ということなので、このまま予定通り森を抜ければ良いと思うが」


 ワシは御者席で手綱を握るククル殿にそう提案する。

 まあ、元々森を抜けること自体、ククル殿は賛成していたのだから、改めて言う必要はないのだが。


「そうっすね。このまま森へ向かうっす。それよりシードさん」

「む、何だ?」

「その……シードさんは、偵察で森を見たんじゃないんすか?」


 あ、ヤベ。

 そうだった、今回のルートを提案したの、ワシだった。


「ああいや、その、ほら、偵察したのは夜間だったのでな。全容までは判らなかったのだ」


 おお、咄嗟に出た言い訳にしては、よく出来ておるな。ナイス、ワシ。


「ああ成程。確かに夜間だと暗くて判らないっすね。しかも、森だと尚更っす」

「うむうむ」


 ホッ、どうやら信じてくれたようだ。


「じゃあこのまま……!?」

「…………!」


 ククル殿が突然、会話を中断した。

 ミミ殿も明らかに警戒の色を強めている。勿論、後方を警護しているメルザも。


「む……」


 ワシは直ぐ様[紫煙の眼]に切り替え、周囲を見渡す。


 すると、複数の魔力がこの馬車を囲んでいることが判った。

 その数は七、いや、八、か。


「ミミ殿……」

「……シードは左を。メルザはこのまま馬車を護って。私は右をやる」


 そう言った瞬間、ミミ殿は勢い良く飛び出し、右側にある木の陰へと飛び込んだ。


「く、くそ……オイ! テメエ等やるぞ!」


 ミミ殿の動きを見て、慌てて囲んでいた者達が姿を現す。

 ふむ、どうやら盗賊の類か? だが……。

 ワシは右眼を[鈍色の眼]に切り替え、盗賊の一人を見据える。


 ・名前 :ラインハルト

 ・種族 :人族

 ・性別 :男

 ・年齢 :34歳

 ・職業 :盗賊

 ・能力値:

 ・HP  162/162

 ・MP   74/ 74

 ・STR 128

 ・ATK 141

 ・VIT 134

 ・DEF 121

 ・INT  73

 ・MAG  46

 ・RST 102

 ・DEX  91

 ・AGI 114

 ・LUK  57

 ・スキル:

 [剣術]LV3 [威嚇]

 ・称号 :白の旅団団員


 ふむ、まあなんとなくそんな気はしたが。

 だが、〈盗賊〉の癖にやたらカッコイイ名前だな。明らかに名前負けしてるだろコイツ。


 次に[翡翠の眼]に切り替え、この盗賊の記憶を探る。

 ……ハア。成程、な。


「皆、此奴等は“白の旅団”のようだ。どうやら砂漠での一件で目を付けられたみたいだな」

「……なら遠慮はいらないね」


 見ると、盗賊の一人がミミ殿によって頭と胴体が分断され、血を噴出したまま地面に転がっていた。


「くっ!? 掛かれ、掛かれえ!!」

「ウオオオオオ!!!」


 その言葉を合図に、盗賊共が一斉に襲い掛かる。

 だが。


「フン。【呪縛】」


 ワシは残る七人全てを【呪縛】によって拘束すると、盗賊共は硬直してその場から動かなくなった。


 ◇


 ■ルシエラ視点


「ホッホ、シスターはいるかの」


 孤児院の玄関から私を呼ぶ声が聞こえたので、其方へと向かう。


「あらあら、村長じゃない。どうしたんですか?」

「ホッホ、すまんの」


 私は突然来訪した村長を応接室へと案内する。


「あらあら、取り敢えずお掛けくださいな」

「ホッホ、いやいやすまんの」


 村長がソファーに腰掛けた後、私は部屋を出てお茶の準備をする。

 しかし、急にどうしたのかしら?


 ティーポットとカップをワゴンに乗せ、応接室へと戻ると、カップにお茶を注ぎ、村長の前に差し出した。


「ホッホ、これはこれは」


 そう言うと、村長はカップを手に取り、お茶を口に含む。


「あらあら、それで今日はどういった用件ですか?」

「ホッホ、そうじゃったそうじゃった」


 村長は立ち上がると、私の傍へと近付き、そっと耳元で囁く。


「……今日の朝、行商人のホルヘの遺体が街道沿いで荷馬車と一緒に発見されました」

「……あらあら。それで……?」

「馬車の荷物に荒らされた形跡はなく、一緒にいた使用人が見つかりませんでしたので、恐らくは」

「そう」


 そう報告した村長……いえ、“アルマロス”に下がるよう、右手を上げようとした。

 だが。


「……それと」

「……あらあら、まだ何かあるの?」

「ロヤの森周辺に、“白の旅団”が大挙しています。遠くからでしたので確定ではありませんが、西部方面と北部方面の支部長の二人が出張っている模様です」

「あらあら、穏やかではないわね……目的は?」

「詳しいことは判りませんが、ロヤの森に展開していることを考えると……」

「……あの子達一行、ってことね」


 私は親指の爪を噛みながら思案する。

 東部方面支部がシードさんによって壊滅したことは知っていましたが……その意趣返し、といったところかしら?

 それとも、今のうちに悪い芽を摘む、ってことかもしれないわね。


「……いかがいたしますか?」

「あらあら、別に何もする必要はないわ」

「ですが……」


 アルマロスは少し心配そうな顔をしている。


「あらあら大丈夫よ。あの二人が逆立ちしたところで、どうにかなるなんてことはないわ。ただ、少しオイタが過ぎるんじゃないかしらね。この話を聞いたら、“あの方”は怒り狂うんじゃないかしら?」

「お伝えしますか?」

「あらあらいいえ、そんな些末な話で、“あの方”の耳を汚す必要はないわ」


 うふふ、あの二人も、そして指示を出した“ゼラキエル”も、身の程知らずとはこのことね。


 ま、精々あの子達の糧になってもらおうかしら?

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