第2話 母と妹と
シードがヴリトラに指示を出してから一か月後、各地の有力諸侯達は、大魔王の居城にある大広間に集結していた。
多くの諸侯は、今回のシードの呼び出しの意図が分からず、不安を隠せない様子でいた。
ある諸侯は落ち着かず部屋の中をうろうろし、また別の諸侯は親指の爪を噛みながら苦虫を噛みつぶした表情を浮かべていた。
「……皆様、食事の準備が整いました。ホールへお集まりいただきますようお願いいたします」
シードの側近であるヴリトラが諸侯を前に恭しく一礼する。
「ヴリトラ! これはどういうことだ!? 大魔王様は我等を急に呼び出して一体何をするつもりなのだ!?」
魔界の三分の一の領土を持ち、大魔王の次に権力を持つアンギラス公爵は、諸侯を代表してヴリトラに詰め寄った。
「それは会食の場で大魔王様がお話になられるかと」
「ええい! 埒が明かん! 今すぐにでも大魔王様に謁見させるのだ!」
「お慌てにならずとも、既に大魔王様はホールに来ております。ですので……」
「クッ!? ならばホールにて問い質すまでだ!」
アンギラス公爵を始めとする諸侯は、我先にとホールへと向かう。
すると、諸侯達はその途中でサラスとルドラとばったり出会った。どうやらサラス達もホールへ向かう途中のようだ。
「諸侯の方々、如何なされた」
「丁度良かった! サラス様、今回は一体どういうことですか!」
「それが……実は、我々も分らないのです……」
「なんと!? 肉親であるお二人でさえも聞いておられないのですか!?」
「ええ……」
事情を知っているかと思われたサラス達も、今回の事情については知らないようで、その様子に益々不審を募らせる諸侯達は、顔色を悪くする。
「……あの傍若無人なシードであっても、さすがに何の意味も無く招集は掛けますまい……ただ、それが我々にとって良い内容とは限りませぬが……」
「では我々は大魔王様から何のいわれもなく、どんな内容であれ、ただ命令を受けよと申されるか!」
「そんなことは言っておりませぬ! ……しかし、もし万が一大魔王様が理不尽なこと申されるのであれば、太后として、母として諫言せねばなりませぬ……その時は、諸侯の方々の力、余とルドラに貸していただけますか?」
「おお! 勿論でござる!」
「ありがたい……! では、参りましょうか」
魔界第二位の実力を持つアンギラス公爵と大勢の諸侯が、サラスに力を貸すとの言質を取り付けたことに、サラスは内心で思わずほくそ笑んだ。
そして一行がホールへと到着すると、シードは檀上にて既に控えていた。
「……大魔王様、此度の招集、一体如何お考えですか?」
サラスが口火を切って、シードに食って掛かる。
「まあまあ母上、ルドラや諸侯達も落ち着かれよ。今回諸君等を呼んだ目的については食事をしながら説明させてもらう。先ずは酒でも飲んで此処までの長旅の疲れを癒されよ」
そう言って、シードは諸侯達にテーブルに着席するよう促す。
「酒など飲んでいる場合ではありませぬ! まずは説明を!」
「やれやれ、仕方ないのう……では、単刀直入に今回の用件を伝えよう。現在諸侯が治める領地についてだが、今後は大魔王の直轄地とする」
「はあっ!?」
突然言い放ったシードの言葉に、諸侯達は思わず言葉を失う。
「そしてお主ら諸侯は全員魔都に居を移し、政務に励むがよい。なあに、給金くらいはずんでやるし、所有する財産の没収までは勘弁してやろう」
一体この大魔王はのたまっているのだろうか。
そんな命令、諸侯の誰一人として到底受け入れられるものではない。それも当然である。特に目立って大魔王に仇なしたわけではないのに、はっきり言って、この措置は理不尽極まりない。
だが、これで大魔王の意図は明白となった。つまり、大魔王はこの魔界を我が物としようとしていることである。
「大魔王様! そんな戯言が通用するとお思いか! 我ら諸侯なしに魔界の支配など、出来る筈もありませぬぞ!」
「いや、ワシ一人がいれば十分であろう? そもそも、お主らワシのために何か役に立ったのか?」
シードは本気で疑問に思っており、首を傾げながら馬鹿でも見るかのような蔑んだ目で諸侯達を見やる。
「……本当に大魔王様お一人で統治できるとお思いか? そして、それに我々が従うとでも……?」
「逆に問おう。お主達、ワシに勝てると思っているのか?」
威圧しながら低い声で語るシードに反論できず、諸侯達は歯ぎしりしながら無言で俯いた。
「シード、いい加減になさい! 魔界は貴方のおもちゃでは無いのですよ!」
「む? 母上、何を申されるか。魔界はワシのものですぞ? ワシの好きにして何か問題でも?」
「……では、先程の発言を撤回する意思は無いと?」
「兎に角、母上も諸侯達も、腹が減っておるから真面な思考が出来んのだ。先ずは食事をしてから。話はそれからだ」
シードが両手で二拍すると、メイドたちが一斉に酒を注いだグラスを持ってホールに入ってきた。
「さあさあ皆の者、グラスを手に取るがよい。乾杯しようではないか!」
諸侯達は到底納得出来ないが、シードは少なくとも食事をすれば“話をする”と言った。故に、諸侯達は渋々グラスを手に取る。
そして、一人のメイドが近付いてシードにグラスを渡そうとしたところで、何故かヴリトラがそれを制止し、代わりにメイドからグラスを受け取った。
「……シード様、お注ぎいたします」
ヴリトラはシードにグラスを渡すと、酒をなみなみと注いだ。
「うむ。腹心であるお主の注いだ酒であるならば安全であるな。ひょっとしたら、毒を盛る者がいるかもしれんからなあ。のう、母上?」
「……つまらない冗談を」
過去の話を持ち出して皮肉を言うシードに、サラスは青筋を立てて肩を震わせている。
「さあ、皆の手元には酒が行き届いておるだろう。では、魔界と我々の益々の発展を祈念して、乾杯!」
諸侯達はグラスを上に掲げる。だが、側近のヴリトラ以外誰一人として乾杯の音頭を挙げる者はいない。
諸侯達は渋々手に持つグラスを口へと運ぶと、その不機嫌を現すかのように乱暴に酒を煽った。
そして、その様子を見たシードは、思わず口の端を少し吊り上げた。
これからこのホールで起こるであろう悲劇、いや、この場合は“喜劇”であろうか、それを想像してのことだろう、そうサラスは思った。
そして、グラスが床に落ち、砕けた音がホールに響いた。
「グ……ガ………ヴ…リ……トラ………貴様……!」
グラスを落としたのは諸侯達ではなくシードだった。
シードは喉を掻き毟りながら呻き、ヴリトラを鬼の形相で睨むと、檀上から崩れ落ち、そのまま床に倒れこんだ。
「毒により諸侯達……いや、肉親さえも亡き者にしようと策を弄し、魔界を我が物としようとした暴君シード! 逆に毒に侵された気分はどうだ?」
毒がかなり回ったのか、シードの眼の光は急速に失われつつあり、ついには吐血して息を引き取った。
「世を乱す貴様に、魔界を治める資格はない! このヴリトラ、義により大魔王シードを誅した! これからは、この男に替わって魔界を治めるに相応しい正統後継者のルドラ様に継いでいただく! 諸侯の方々、如何か!」
諸侯達は目の前で起こった突然の出来事に唖然とする。
だが、そのヴリトラの激にアンギラス公爵が一人ゆっくりと拍手を送ると、一人、また一人と拍手が続き、気が付けば全員の拍手がホールを盛大に包み込んだ。
ヴリトラはその様子を満足気に眺めてから床で死に絶えたシードを蹴飛ばすと、メイド達に指示し、ホールの外へ運び出させた。
そして、サラスとルドラがヴリトラの元に近付いた。
「ヴリトラ、良くぞやってくれました。貴方こそ真の忠臣です」
「ありがたきお言葉」
「貴方にはこれまで以上の地位を約束します。これからはこのルドラを真の大魔王と仰ぎ、忠義を尽くすがよろしい」
「はっ!」
サラスとルドラは、満面の笑みを浮かべながら、跪くヴリトラに宣言した。
◇
その後、大魔王シード暗殺の報は各地に広がり、魔界は混乱を極めた。
その現場にいた諸侯はこれを歓迎するも、不審に思って敢えて参加しなかったごく一部の諸侯は、主君殺しのヴリトラの引き渡しを要求するが、大魔王の座に就いたルドラはこれを拒否。
すぐさま諸侯に対し、ヴリトラの行動の正当性について主張すると共に、異議を唱える者に対しては粛清も辞さない旨、宣言した。
これにより、一先ず魔界の混乱も沈静化する。但し、各地に火種が燻ぶったまま……。
こうして、サラスとルドラはヴリトラを自身の側近として配下に加えると共に、ルドラは正式に大魔王となり、表面上は魔界全土を掌握することとなった。
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