【閑話】動き始めた伝説

ここは彼らが活動拠点にしてるライブハウス、吉城寺『曼殊沙華まんじゅしゃげ』の控室。


「ジャーマネ~。

お前、何でこんなモンに申し込んでんの?」

メガネをかけた長身の男性が、マネージャーと思しきリクルートスーツの女性に、そう苦言を呈した。


「それは・・・

私たちのバンドが、もっと全国的なグループになるための足掛かりに出来たらと」

委縮した様子で、そう返答を返す女性。


「でもこれ、参加チームをボロクソに叩いて、晒し者にする番組だって聞くよ?

よくわかんないけど」

そう発言したのは、ソファーに座ってベースギターをチューニングする長髪の男性だ。


「そもそも、俺ら今更こんなモンに頼らなくても、インディーズで充分やっていけてんじゃね?ファンも増えてく一方だし。

CD売り上げなんか、あっという間に発注枚数捌けちゃっただろうがよ」

メガネの男性は、なおも納得いかないとばかりに不満をぶつけてくる。


「僕も、僕の素晴らしい芸術を、他人にどうこう言われるのはイヤだな」

ラフな格好をした角刈り頭の男性がそう相槌を打つ。

なお、外見と口調が合ってないのは仕様である。


「まあ、園子ちゃんも僕らを思ってやってくれたんだから、そう邪険にするのは止めようよ。それより、もう決まっちゃったことに対して、どうするかの方が大事だよ」

口々に不満を垂れる3人のメンバーをそう諭し宥めるのは、バンドリーダーの北林君だ。


最初に苦言を呈した長身メガネの男性、名を『東山ひがしやま 信次郎しんじろう』と言う。

キーボードやピアノを始めとし、金管楽器とギター全般、アコーディオンやバイオリンに至るまで、数多くの楽器を巧みに使いこなす技巧派だ。


次に、噂話を紹介した長髪の男性は『西川にしかわ 紘一こういち』。

平時はとても寡黙な男で、ベースギターを担当している。


そして、角刈り頭で坊ちゃん口調を使う男性が『南里みなみさと 健太けんた』。

ドラムと打楽器全般、そして盛り上げ役を担当している。


そんなメンバーたちを相手に、一人苦労を背負っているのが、リーダーの『北林きたばやし 康孝やすたか』である。

担当はリードギター。時にはアメリカの大道芸人のように、体中に太鼓やハーモニカを装着して、一人オーケストラをやったりもするマルチプレイヤーだ。


彼らは後日参入の西川を除き、各々が駅前やライブハウスを中心にソロシンガーとして活動していたのだが、ある日偶然、同じイベントライブに出演し意気投合。

そのままバンド結成と相成った。


元々は、全員が作詞作曲者でありボーカリストでもあったので、各々が作った曲は作曲者が歌い、それをみんなが一緒になって演奏すると言うスタンスを取っている。

あくまでチームは個人の集合体に過ぎないが、それをチームとしてお互い助け合う、ある意味プロスポーツ選手のようなグループなのだ。


そして、そんな癖だらけのチームをマネジメントし、スケジュール管理を行っているのが、元々北林と組んでいたマネージャーの『真中まなか 園子そのこ』女史である。


***


彼らにとってミーティングとは、戦いの場であり自己主張の場である。

当然、すんなりと終るような事は在り得ないわけで。


「それで、今回の演奏リストだけど、みんな三曲、全部で12曲でどうかな?

アンコールは東山君が選んでいいよ」


「・・・リーダー。

平等主義もいいけど、いい加減それやめね?

俺とリーダーの曲に比べて、ニシ(西川)とミナミ(南里)の曲は、客のウケがあまり良くない。・・・つうか悪い。ソロで表現の自由やりたいなら勝手にやりゃいいけど、これはチームとしてのライブだ。お客さんあっての俺たちなんだから、客の求めるようにリストを組むのは、バンドとしての責務だろ?」

バンドの顔として、リーダー北林と双璧を成すボーカリスト東山が、リーダーにそう注文を付ける。


「でも、僕たちはみんな同格なんだし・・・

それに、二人の出番を削っちゃったら二人を目当てに来るファンに失礼だよ」


「そうじゃなくて、ファンの比率考えろって言ってんの!

ニシ!お前どう思うよ!」


「・・・俺は、チームの決定ならそれに従う」

メンバーの中でただ一人の追加参入である西川は、小さな声でボソリとそう言った。


「僕は僕の見せ場を死守するね!」

角刈り南里は、当然の権利だとばかりに、鼻息荒くそう宣言した。


「チッ・・・まあいいや。

じゃ、みんな今度使う曲で、編曲の要望があるなら早目に言えよ。

余裕のある今のうちなら聞くぞ?」


「あ! 東山君の曲、ここんとこに僕の『語り』を入れたらいいと思うよ」


「誰が俺の曲手直しする話しろって言ったんだボケ!

お前の出番はお前の曲だけで充分なんだよ!

なんでお前は俺らの歌にばっかり、そんな便乗したがんだよ!」


「でも、お客さんは僕のパフォーマンスを期待してるんだよ?

僕のパフォーマンスが加われば、君たちの曲はもっと良くなる。

東山君も言ってたでしょ? 客の期待には応えなきゃダメだよ」


「お前、俺とキタ(北林)の曲に、これだけお前のコーラスパート入れてやってんのに、まだ物足りないのか?

だったらお前の作る曲にも、ちゃんとみんなの出番組み込めよ!」


「イヤだね。

僕の音楽は、僕だけが奏でることができる芸術なんだ。

本当なら、僕以外の誰にも口遊くちずさんですら、もらいたくない」


「ハイハイ。

だからお前の曲は、あの妙ちくりんな節回しなんだろ?

聞き飽きたよ、そのセリフは」


あからさまに舌打ちを鳴らしながら、角刈り坊や南里の要望をスルーする東山。

しかしこの南里。

ミュージシャンとしてはアレだが、実に優秀なパフォーマーなのである。

彼のパフォーマンスが集客に貢献してる事は、紛れもない事実なのだ。

・・・あの変な詩と節回しの歌はともかく。


メンバー四人の曲を編曲し肉付けするのは、主に東山の仕事だ。

彼はボーカリストや演奏者、そして作曲家としても優れているが、彼の本領を一番発揮するのは、この編曲テクニックであった。


***


前世において、深夜の怪物番組と呼ばれた『GoToバンドヘル』の象徴として日本中に名を轟かせ、日本の音楽史に確かな足跡を刻んだ伝説の四人。

唯一無二の個性派バンド『ポメラニアン』が、いよいよ動き始めた。





【お願い】

この物語はフィクションであり、現実世界を少し元ネタにしてても単なる創作です。

実在の人物や団体とは関係ないので、生暖かく見守ってください。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る