胡蝶蘭が咲く
QAZ
美形症
受付にいくと、受付の女が俯いたまま何か書き物をしている。受付の女に指示されるまま、書類を出す。
――まず最初に説明がありますので、担当者が来るまで斜向かいの応接室でお待ちください。
あなたはどこにでもいるような、ごく普通の一般人だった。ごく普通に学校を卒業し、ごく普通の企業に就職し、今日まで、ごく普通の人生を送ってきた。おそらくはこれからもそうだっただろう。あなたはこの人生に退屈していた。この人生の退屈をどうにかしたいと思っていたあなたは、ある時この研究所の求人広告を見つけたのだった。
この研究所はあなたが聞いたことも無いような名前の島にある。求人広告には無資格・年齢問わず・高待遇の文字がでかでかと書かれていた。よほど人手に困っているのか、未経験・初心者大歓迎などと書かれていた上、応募してから採用までほとんど試験らしい試験もなく、面接も5分程度であっという間に採用が決まってしまった。来れるなら可能な限りすぐにでも来てほしいということだったので、あなたは早々に少ない荷物をまとめてこの島にやってきたのだった。
長旅を終えて船を降りると、”島”というイメージに相応しい
暇つぶしに引っ越ししたことをSNSに投稿した。反応は
――ここであなたには、北棟の患者の観察と、その結果の記録係を行っていただきます。ここでの仕事内容については外部に決して漏らさないように。それから給与体系と各種の届出については...――
仕事内容、就業規則、施設内の案内...案内係のその男は相当忙しいのか、自己紹介もせず来るなり足早に様々なことを説明した。最後に案内と規則が書かれた
部屋に入ってまず目に入ってきたのは大きな仕切り窓だった。白い壁、白いカーテン、ベッドに、小さな椅子、床頭台...採光用の窓は無いが、見た目はほとんど病室だなとあなたは思った。部屋を見回しながら、あなたはベッドに腰かけた。
あなたは仕切り窓へ目をやった。仕切り窓を挟んで向こう側にはほとんど同じ造りの部屋がある。一つ造りが違うところは、向こう側の部屋からは中庭を眺められる窓があることくらいだ。なるほど、悪趣味にもこの仕切り窓から患者を観察しろというわけだとあなたは思った。向こう側の部屋には少女が椅子に座ってあなたを見ていた。この子が"患者"、観察対象のようだとあなたは思った。あなたは、先ほど手渡された分厚いマニュアルを開き、目次から”患者”の情報が書かれた箇所を探しページを捲った。少女に関するページは余白の多いプロフィールが書かれたもの1枚だけだった。
マニュアルを見て、あなたは”患者”の名前は神志名 宇佐美(かしな うさみ)ということが分かった。いつの間にか宇佐美はベッドに腰かけて、あなたを見ていた。名前の他には、世にも珍しい奇病、美形症に罹患した世界で唯一の患者であること、この研究所のある島の中を彷徨っているところを保護されたということ、宇佐美のことを知る人物は島にはいなかったこと、身分を証明するものを持っておらず、記憶も失っていたということなどが書かれていた。
あなたが
あなたは仕切り窓から改めて宇佐美を眺めてみた。宇佐美はいつの間にか立ち上がってあなたを見つめている。端正な顔立ち、大きくも小さくもない身長、大人とも少女ともつかない肉付き、透き通った白い肌。肩より少し長く伸びた漆黒の髪は光沢を帯びている。宇佐美の肌も髪色も、白い患者着に良く似合う。ただ一つ、一般的な人間と外見上異なっているのは、宇佐美の首元から生えた白い蘭の花...のようなものだ。あなたには、そして宇佐美自身にもそれが植物であるのかすら分からなかった。その”白い蘭”には葉に当たる部分は無く、茎と花弁に当たる部分が、宇佐美の身体に巻き付いて、患者着の下にまで入り込んでいる。ふと、あなたと宇佐美の目が合った。仕切り窓越しに、あなたは”こんにちは。はじめまして”と宇佐美に話しかけた。宇佐美は屈託のない笑みを浮かべながら、”はじめまして”と言った。
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