第212話
コンスタンツ領で『それ』が発見されたのは、三ヶ月ほど前のことだった。街からそう遠くないところで、遺跡の一部が見つかったという。
「そいつが不思議でねえ……今の今まで、遺跡なんてモノはなかったんだ。だって、本当に街から目と鼻の先なんだよ? いくら北口はあまり使わないにしても」
「最初に気付いたのは誰なの?」
「旅人だよ。うちの店で『あの遺跡はなんだ』って話になってね」
その遺跡はこの街の下にも広がっているらしかった。
「地下迷宮か……」
「先発隊の報告によれば、地下だけじゃないはずよ、セリアス。湖の畔で祭壇のようなものも見つかってるわ」
「それはうちの旦那が発見したんだよ。こんなモンあったか? ってねえ」
セリアスは腕組みの姿勢で考え込む。
(突如現れた遺跡……か。これだけじゃ、まだ何とも言えないな)
一方、ロッティは荷物をひっくり返し、コンスタンツ領の地図を引っ張り出した。
「でも変よね。具体的な考察は、現地を見てからになるけど……それほど大きな遺跡が眠ってたのなら、この土地の歴史に記述なり残ってるはずでしょ? なのにコンスタンツ領には、これといった話がないのよ」
「う~ん……私は生まれも育ちもコンスタンツ領だけど、確かに聞いたことないねぇ。シビトの災厄より前の時代に、ご先祖様たちが街を作った、としか……」
ロッティの事前調査によれば、コンスタンツ領のルーツは約八百年前にある。湖を水源として、ひとびとが外部から移住してきた――という説が有力らしい。
「湖といってもそこまで大きなものじゃないし、交易のルートからも外れてたから、あまり発展はしなかったようね」
「まっ、おかげで揉め事には巻き込まれなかったって話だよ」
言ってしまえば、歴代の権力者にとっては旨味のない土地だったのだろう。のちにフランドール王国が保護下に置き、正式に領土とした。
ロッティが顎を押さえる。
「つまり例の遺跡は、おばさんのご先祖様たちが移ってくるよりも昔……古代の王朝なんて線も出てくるかもしれないわ」
「へえ~。そんなに古いものが、今になって出てきたってのかい」
女将はそれほど興味はない様子で、庭の布団を取り込んだ。
「そいじゃ、あと二時間くらいしたら店へおいで」
「はーい」
女将を見送り、セリアスたちは部屋の整理に取り掛かる。
今回の旅はロッティに主導権があった。
「とりあえず明日は街をまわって、情報収集ね。セリアスも道具の補充とか、剣の手入れとか、あるでしょ?」
「この街にまともな武器屋があるとは思えないが……」
ロッティは12歳にして、王立大学から将来を有望視されている。ゆくゆくはフランドール王国を代表する学者となり、著書の一冊や二冊を世に出すだろう。
そんな少女からじきじきに指名を受け、また周囲もそれを推したため、セリアスはロッティの護衛につくことになった。
ただ、仕事は護衛のほかにもある。
前人未到の洞窟や遺跡には、野生のモンスターが住み着くことが多々あった。彼らはそこを縄張りと決め、侵入者には過敏なほどに牙を剥く。
「もしかしたら……王国軍が出張ってきたのは、モンスターに対応してのことか」
「どーだろ? さっきの女将さんはモンスターなんて聞いてない、って感じだったけど」
王国軍の介入は遺跡のモンスターを掃討するためのもの、領民にはパニックを懸念して伏せている――それなら一応、辻褄は合った。
いずれにせよ、遺跡にモンスターがいるなら自分の仕事となる。
「女将さんの前であれこれ喋るんじゃないぞ、ロッティ」
「わ、わかってるってば」
荷物の少ないセリアスは席を立った。
「少し出てくる」
「初日からお夕飯に遅れないでよ?」
「……ああ」
九歳も下の少女から反撃のようなお小言を受けつつ、午後四時過ぎの街へ出る。
コンスタンツ領で最北に位置する、ハーウェルの街。大陸でもお馴染みの四季があり、九月も終わりに近い今日は、小春日和で過ごしやすかった。
しかし冬はいささか足が早いようで、この時期の領民は、薪の確保などの冬支度に走りまわっているのだとか。
(情報を集めるなら、そうだな……)
酒場はあとまわしにして、セリアスはこの街に入る時にも見かけた、立派な教会を覗いてみる。実のところ少し興味もあった。
かつて大陸全土を脅かした『シビトの災厄』は、宗教にも大打撃を与えている。神は威信を失い、教会は権威を失った。とりわけ戦場となったフランドール王国では、宗教に対し否定的な意見が根強く、国家の後ろ盾もない。
教会勢力もそのあたりは自覚しているため、あえてフランドール王国で布教しようとはしなかった。保護の手厚い隣国のグランシードなり、ほかに場所もある。だからフランドール王国の領内に、しかも豪奢な教会があるのは珍しい。
さながら神殿のような佇まいの教会は、急な来訪者を拒まなかった。
静謐な雰囲気が体感の気温をいくらか下げる。
(随分と金の掛かった……田舎の教会とは思えないな)
そう感心しつつ、セリアスは首を傾げた。
確かに内装は教会そのものだが、神の博愛を象徴する、定番のアンク(十字に輪を足したもの)がない。つまり、ここは教会ではないことになる。
「アニマ寺院へようこそ。剣士殿」
透き通るような声だった。
セリアスは振り向き、声の主らしい女性と対面する。
「あなたは……」
「私はこのアニマ寺院の巫女……アリア、と申します」
巫女という響きの通り、その風貌は厳かな清らかさに満ちていた。従者を左右に連れながら、しゃなりと歩み寄ってくる。
「剣士殿がこちらにお見えになるのは、初めてだと思いますが……」
「それは失礼した。俺はセリアスだ」
「セリアス殿……ですか。ふふ、少し私の名前と似ていますね」
一介の剣士は苦笑するほかなかった。
母親のお腹の中にいた頃、自分は大層おとなしかったらしい。それで両親は女の子が生まれてくるものと早とちりし、セリスと名付けようとした。そのセリスをもじったものが『セリアス』なのだから、たまに女性の名前と誤解される。
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