第201話 忘れられたBAD・END
ところが思いもよらない転機が訪れる。
肩の上のクロードを撫でながら、シズが提案したのは翌朝のこと。
「なあ、どっちか今日一日、こいつを預かってくれないか?」
サフィーユは歓喜の声を弾ませる。
「クロードをっ?」
「オレもイーニアも今から、デュプレさんと一緒に討伐任務に出るんだよ。でもクロードはでかいモンスターが苦手だからさ」
わざとらしくティキが渋った。
「うちはお父さんがねー。刃物もあるし、パスかな」
そう答えつつ、サフィーユに『チャンスじゃん』と肘で小突いてくる。
「なら、私に任せてちょうだい! 旅団の屋敷は大きいから、不自由はしないはずよ」
「頼めるか? 助かるぜ」
シズはリスを抱え、サフィーユにそっと手渡した。
「ちゃんとサフィーユの言うこと聞くんだぞ? クロード」
(きゃ~!)
待望のふわふわがじかに触れる。
「行きましょう、シズ。デュプレさんが待ってます」
「おう。じゃあな、ティキ、サフィーユ」
間もなくシズとイーニアはいそいそと出発した。
その後ろ姿を眺め、ティキがぼやく。
「あのふたりってデキてんのかな? なんか怪しいよね~」
「どうでもいいわよ、そんなこと。それより……はあ、クロードと一緒だなんて」
しかしサフィーユは恋バナさえ一蹴し、締まりのない笑みを浮かべた。
クロードは硬直し、尻尾をまっすぐに垂らす。
「あんま緊張させちゃだめだってば。リラックスさせてあげないと」
「……そ、そうね」
おもむろに地面に降ろすと、リスはティキの身体をよじ登り、いつもの頭の上に乗っかってしまった。途端にサフィーユは落胆する。
「あっ? 預かったのは私なのに……」
「はいはい。今日はサフィーユに付き合ったげるから」
とにもかくにも、これで明日の朝まで彼と一緒にいられることになった。
『クロードは孤高の一匹って感じだから、ベタベタ触られるのは嫌なんじゃない?』
『追いかけられると逃げたくなっちゃうみたいだからさあ』
ティキのアドバイスを肝に銘じ、慎重に徹する。
「ところで、旅団のお役目はいいの?」
「旅団? ……あぁ、そんな用事もあったわね」
「……しっかりしなよ、もう」
サフィーユはクロード(とついでにティキ)を連れ、グランツを巡る。
白金旅団は前線都市グランツの建造が始まった頃から、フランドールの大穴を探索している。途中で何度かメンバーの入れ替えもあり、現在は六名で編成されていた。
グランツを代表するパーティーであり、子どもたちにも大人気。
「あっ、サフィーユだ!」
「今日はツヴァイハンダー持ってないのー?」
大通りを歩けば、少年たちが喜々として集まってきた。
「今日はお休みなの。ごめんなさい」
サフィーユもすっかり相手に慣れ、柔らかい物腰でやり過ごす。
「……そっちの子はお友達?」
「そっちの『子』ってねえ……そこは『お姉さん』でしょ」
一方、幼い顔立ちで背も低いティキは、不愛想に拗ねた。その頭の上で、今度はクロードが子どもたちの注目の的となる。
「リスだ~!」
「ねえねえ、抱っこさせて」
グランツに犬や猫はいても、ほかの動物は珍しかった。声援に応え、クロードは剽軽な仕草で尻尾を振る。
「ま、またあとでね。行きましょ、ティキ」
「ほ~い」
大騒ぎにならないうちに、サフィーユはティキとともに先を急いだ。
ティキの家でもある武器屋へ赴き、強面の店主と挨拶を交わす。
「おはようございます。私の剣、仕上がってますか?」
「もちろん。最優先で済ませておいたぜ」
愛用のツヴァイハンダーは綺麗に研ぎなおされていた。
剣の手入れくらい、サフィーユにも楽々とこなせる。しかしツヴァイハンダーは刀身が大きいため、思いのほか手間が掛かった。研ぐにしても並み以上の設備が必要となる。
「こいつを振りまわせるなんてなあ。うちの娘より腕力あるんじゃねえのかい」
「腕相撲は私のほうが強いんだってば」
「っと、お前のも今回はおれが仕上げてやったぞ」
ティキの戦斧も輝きを増していた。
「サンキュー。そろそろやらなくちゃって思ってたんだよねー」
「上等の武器なんだ。もっと大切にしやがれ」
サフィーユもティキも重量級の武器を扱うだけに、攻撃力は軽くシズを上まわる。
「そういやあ……サフィーユ、ティキとパーティーを組んだんだって?」
「はい。旅団のほうが優先ですけど、無理のない範囲でやってます」
店主は顎髭を撫でつつ、サフィーユと娘のティキを見比べた。
「……まあ、仲良くしてやってくれ。お前さん、タブリスのお嬢様なんだろ」
「ええと……騎士の家系ではあります」
この父親は娘がサフィーユと親交を深めることで、教養を身に着けてくれるものと期待しているらしい。
(男手ひとつで育ててらっしゃるから、心配性になっちゃうのね)
ティキの母親はドワーフ族の高名な僧侶で、遠方の教会に務めているそうだった。結婚は周囲に猛反対され、式も挙げられなかったとか。
「次行こ~、サフィーユ」
「ええ。それでは、私たちはこれで」
サフィーユたちは武器屋をあとにして、行きつけの魔法屋を訪れる。
街角の魔法屋は気丈な女将がひとりで切り盛りしていた。
「いらっしゃい。……おや、サフィーユかい」
「おはようございます」
この店はシズやイーニアも利用しており、クロード団で話を通しやすい。
クロードを頭に乗せたまま、ティキが大きな籠を降ろす。
「よいしょっと」
「女将さん。実は相談がありまして……」
封を解くと、独特の異臭が漂った。それだけで女将はサフィーユらの意図に勘付く。
「へえ……マンドレイクかい。満月まで、あと十日はあるってのに」
クロード団はアスガルド宮でマンドレイクを大量に採取したものの、加工や売却のあてがなかった。希少な触媒を山ほど持ち込んでは、出所を怪しまれる恐れがある。
「ほかの冒険者には内緒で、その……こちらで加工させていただければと」
「そん代わり、マンドレイクを提供しますってことだね」
商売上手な女将は愉快そうにやにさがった。魔法屋にとっても大きな利益となるため、この取引は内密としたうえで、自然な形に落とし込んでくれるだろう。
「加工はそっちの魔法使いがやるんだろ? 私もそんなに暇じゃないからねえ」
「はい。イーニアです」
ところが、彼女は俄かに眉を顰めた。
「……解せないね。そんなら、イーニアが来るのが筋ってもんだろう?」
サフィーユとティキは顔を見合わせる。
「そうなのよね。一緒に、とは誘ったんですけど」
「こういうとこ鈍いんだよねー」
魔法屋の調合室を使うことになるのはイーニアであって、サフィーユやティキではなかった。当然、イーニア本人が挨拶に来るべきとなる。
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