第194話 忘れられたBAD・END
パーティー会場も眩しいくらいに飾りつけられ、目がちかちかする。タペストリにはタブリス王国の紋章が描かれ、格式の高い社交場となっていた。
「シズ、ひょっとして……私たち」
「言うなって。認めたら負けなんだよ、うん」
「……認めてんじゃん」
挨拶のマナーもろくに知らず、場違いなのを痛感する。
「本日はご足労いただきまして、感謝しております」
貴族らと社交辞令の挨拶を交わしつつ、サフィーユが歩み寄ってきた。さすが白金旅団のメンバーだけあって、ロイヤルドレスも抜群にさまになっている。
「ようこそ、シズ! イーニア、ティキも。今夜はめいっぱい楽しんでちょうだい」
髪はボリューム感のあるアップでまとめ、イヤリングがよく映えた。大剣を軽々と振りまわすとは思えない華奢な身体つきが、柔らかなドレスを揺らめかせる。
一流のレディーを前にイーニアはがちがちになってしまった。
「えぇと……ご招待、あ、ありがとうございます?」
「そうじゃないってば、イーニア。こうすんの」
ティキは肩を竦め、ドレスのスカートを持ちあげる。
「本日はお招きいただき、光栄至極でございますぅ~。サフィーユ様」
小粋な会釈を受け、サフィーユはおかしそうに破顔した。
「ふふっ、お上手ね。でも、そこまで畏まらなくって大丈夫よ」
そうは言うものの、見るからに豪奢なパーティーで不安になる。とりあえずシズは手頃な紳士を参考にして、佇まいを意識した。
(……あれ?)
パーティー会場を眺めるうち、あることに気付く。
前線都市グランツはまだまだ『辺境』の粋を出ず、王国貴族が喜び勇んで来るような場所ではなかった。大抵は貧乏くじを引かされ、渋々と参加している。
そのはずが、若い子息の姿もちらほらとあった。まるでお姫様に会いに来たかのようなスタイルで、気障な仕草が目につく。
チビで童顔のシズは、胸の中に劣等感を押し込んだ。
(オレだって、もうちょい背が高けりゃなあ……この服もかなり丈、弄ったし)
ひとりだけこぢんまりとして、パーティー会場に埋没する。
やがて白金旅団を始め、グランツの名士らも壇上にあがった。長い挨拶と短い拍手とが繰り返される中、ご馳走も出揃う。
ジョージはすっかりアガってしまっていた。
「そっそ、それではグランツのさらなる発展を祝って、か、乾杯~!」
「カンパーイ!」
あちこちでグラスが重なる。
未成年のシズたちはサイダーに口をつけ、ようやく肩の力を抜いた。
「ふう……喉元過ぎれば何とやら、だなあ」
「せっかくの機会だし、食べなきゃ損、損! どれも美味しそ~」
「あんまり羽目を外すなよ」
と言いつつ、シズもティキとともにご馳走を物色する。
本国の貴族を迎えるため、今夜の料理は力の限りが尽くされていた。見様見真似でマナーに則り、ローストビーフを頬張る。
「これだけの食材、よくかき集めたもんだぜ」
「そりゃ、。スルメなんかでおもてなしはできないでしょ。もぐもぐ」
イーニアはサフィーユと談笑していた。
「五歳で魔導書を? すごいわね、さすが『東のアニエスタ』の弟子だわ」
「いえ、それほどでは……苦手な魔法はずっと苦手でして、先生みたいには、とても」
おかげで、うら若いサフィーユも浮くことはない。それに冒険者談議なら、邪魔が入ることもなかった。
シズの傍らでティキがにやつく。
「ねえねえ、シズはどっちがタイプなの? イーニアとサフィーユ」
男の子はきょとんとして、首を傾げた。
「……ああ、なんの質問かと思ったよ。そういうことか」
「え~? もっと慌てたりしてくんなきゃ、つまんないじゃんか、わかってないなー」
ティキには呆れられるも、そのようなことは考えたこともない。
(サフィーユは美人だと思うけど……)
正直なところ、メルメダに迫られた時が一番どきどきした。稀有な美貌と豊満なスタイル、そして大胆不敵な挑発――あのようなお姉さんになら、騙されるのも悪くない。
「シズももっとさあ、男らしくなんないとねー」
「女らしくない代表に言われてもな」
こんな自分にはティキくらいが気兼ねも入らず、楽だった。
「……ん? シズ、あれ」
王国貴族の子息たちが俄かに動き出す。
彼らはサフィーユ嬢のもとへ集まり、ひとりずつ紳士然と辞儀を披露した。
「こんばんは、サフィーユ。僕と少しお話しませんか?」
「いいえ、ぜひ僕と。退屈はさせませんよ」
シズにとっては鼻につくわざとらしさだが、意図は伝わってくる。
白金旅団のサフィーユはいずれグランツの『顔』となる逸材だった。果敢にも最前線で秘境を探検する、十七歳の天才少女――本国にとっては絶好の宣伝材料となる。
そんな彼女に目をつけ、貴族らは息子を近づけてきたらしい。
「大変だなあ、サフィーユも……」
「助けてあげないのぉ?」
「オレが出しゃばっていい場面でもないだろ。それにサフィーユなら、自分でどうにだってできるさ」
シズは目を逸らし、お次は分厚いハムに手を伸ばした。
「お気持ちは嬉しいのだけど、ごめんなさい。私……」
ところが、そこへサフィーユが迫ってくる。
彼女は冴えない紳士(シズ)の腕を取り、はきはきと言い放った。
「私、このひとと何年も交際してるのよ。ねえ? ダーリン」
「……はい?」
王国貴族らが『おおー』と歓声をあげる。
サフィーユを口説こうと息巻いていた美男子たちは、ぽかんと口を開けた。シズも同じ表情になって、同い年の恋人(サフィーユ)に尋ねる。
「あのぉ、サフィーユさん? こんなとこで何を仰ってるんでしょうか……」
「あら、まだ秘密にしていたかったの?」
後ろではティキが笑いを堪えていた。
(……なるほどな)
イーニアも呆然として、成り行きを見守っている。
「さあ、シズ。あっちで星でも眺めましょう」
「あ、ああ……悪い、ティキ。イーニアを頼むよ」
シズはサフィーユとともに会場をあとにして、中庭へ出た。
視線にたっぷり含みを込めてやると、サフィーユは愉快そうに微笑む。
「お前なあ……」
「ふふっ! ごめんなさい。でも、あなたのおかげで助かったわ」
すべては彼女の作戦だった。
パーティーの席で恋人を紹介すれば、おのずと王国貴族との縁談も遠のく。そもそもサフィーユは騎士の家系とはいえ、貴族ではないため、縁談を迫るほうがナンセンスでもある。相手がいるのなら無理強いするほどではない、と誰もが判断するだろう。
そのために彼女はシズを招待し、いけしゃあしゃあと目的を果たしてしまった。美男子たちのことが気の毒にも思えてくる。
「今夜だけのことよ。それなら構わないでしょう?」
「……まあな。意外にちゃっかりしてんだな、サフィーユも」
そんなハプニングもあったものの、パーティーはつつがなく進行した。グランツの今後の開発について、さまざまな意見も飛び交う。
「ギルドの設立を認めては、グランツの独立意識を増長させる恐れも……」
「ですが、われらタブリスの独占的な支配を嫌がる冒険者もおりますゆえ。最悪、大穴の資源を彼らに掠め取られる可能性もございます」
次第に討論会の様相を呈し始め、パーティーの賑やかさは薄れてきた。
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