第190話 忘れられたBAD・END
「ひゃああああ~っ?」
かに思えたが、次の宝箱はミミックだった。胴体は箱の蜘蛛という奇怪な姿で、ティキに噛みつこうと襲い掛かってくる。
「させないわよ!」
間一髪、それを真横からサフィーユが仕留めてくれた。
ミミックはひしゃげ、半壊した宝箱だけが残る。
「やっぱりモンスターは消滅しちまうのか」
「さっきのミミックも、秘境で遭遇するのとは違ってたわ」
ミミックの正体は『ひとの形を維持できなくなったゾンビが入った』という説が有力だった。中身が腐食していたり、神聖魔法で撃退できる点とも辻褄は合う。
しかし先ほどのミミックは明らかに風体が違った。
「こっちのモンスターとあっちのモンスターは、まったくの別物なのかもな」
「私も同じ意見よ。従来の常識は通用しないと思ったほうがいいわね」
考えようによっては、シズたちは『正体不明の敵』に囲まれていることになる。
敵はすべて未知のもので、どんな攻撃をしてくるかわからない。武器や魔法がどれだけ通用するのかも、実際に試してみないことにはわからなかった。
「この迷路だって、どこに落とし穴があるとも知れないわ」
「クロードがいるんだから、落ちないってー」
「……そういう意味じゃねえっての。知らず知らず一方通行なんかを通っちまったら、帰れなくなるって話だよ」
「落とし穴も同じだと思いますけど……」
敵は未知、迷宮も未知。サフィーユの懸念は当然と言える。
「まだ城の全貌も見えてねえし……お宝があるからって油断せず、慎重に行こうぜ。特に誰とは言わねえけど」
「うるさいなあ……こっちはシズよりたくさんやっつけてんのに」
ティキは愛用の戦斧を肩で担ぎ、ブー垂れた。
宝探しはそこそこにして、帰り道を確かめておく。
「このホールから西に出りゃいいんだっけ」
「南に突っ切るほうが早いかもしれませんよ。多分、道が繋がって……」
「帰りは安全が最優先よ。知ってる道で行きましょ」
ティキの頭の上で不意にクロードが威嚇の声をあげた。
「ひゃっ?」
「どうした、クロード!」
グランツへ来るまでの道中も、幾度となくクロードの感知能力に救われている。シズは剣を抜き、クロードの目線を追った。
「……あらあら。驚かせちゃったようね」
柱の陰からひとりの女性がゆらりと姿を現す。
豊満なプロポーションをミニのタイトスカートで引き締めた、見るからに艶めかしい美女だった。さしものシズもどきりとして、剣を降ろしそうになる。
「あ……あんたは?」
「名乗れば、そっちも自己紹介してもらえるのかしら?」
警戒しながらも、シズたちは目線で頷きあった。
(まさかオレたちのほかにも、アスガルド宮にひとがいたなんてな……)
(おそらく冒険者だわ。でもグランツで見かけた憶えはないわね)
美女らしい風貌とは裏腹に、マントの裏には魔導杖や短剣を忍ばせている。白金旅団のサフィーユが知らないことから、グランツに来たばかりの冒険者だろう。
おずおずとイーニアが名乗り出る。
「あの……私はイーニアです」
緊迫感をぶった切られ、シズも相手も目を丸くした。
「度胸があるんだか、単に鈍いんだか……私はメルメダよ。大魔導士にして一流のトレジャーハンター、メルメダとは私のこと」
ティキがはっとする。
「もしかして、あの『西のザルカン』の一番弟子っていう?」
「うふふっ。そっちのお嬢ちゃんは物知りみたいねぇ」
この大陸には高名な魔導士がふたり存在した。東のアニエスタと、西のザルカン。そしてイーニアは東のアニエスタに育てられている。
「先生に聞いたことがあります。西のザルカン……攻撃魔法のエキスパートで、四大属性すべての極大魔法を編み出したと……」
メルメダが眉をあげた。
「……先生って?」
「アニエスタ先生です。ご存知なんですか?」
イーニアが首を傾げると、甲高い笑い声が響き渡る。
「アハハハッ! まさかとは思ったけど、やっぱりね。アニエスタがハーフエルフを保護したって話は、こっちにも届いてるのよ。なるほど……あなたが、例の」
その言葉は嘲笑の響きを伴っていた。クロードが唸り、メルメダを睨みつける。
「オレはシズで、こっちがティキ……で、そっちのがサフィーユだ」
「ご丁寧にどうも」
ひとまず剣を下げつつも、シズは神経を尖らせた。
「……メルメダとか言ったな。あんた、どうやってアスガルド宮に入ってきたんだ?」
クロード団はコンパスと不思議な泉の力を借りて、この次元へ転移している。ところがメルメダはコンパスも持たず、水に濡れた様子もない。
わざとらしい溜息が落ちた。
「ちょっと正直すぎるわね、あなた。こういう時はカマのひとつでも掛けないと」
メルメダにからかわれ、サフィーユが苛立つ。
「質問に答えなさい! 目的は何? あなたもタリス――」
しかし口を滑らせそうになり、ぎくりと強張る。
「リス……そーそー、このリスはクロードってゆーんだよねー」
「誤魔化せてないわよ? うふふ……『タリスマン』と言いたかったの?」
メルメダはほくそ笑んで、妖艶な唇をつうっとなぞった。
(このひと、タリスマンを知ってんのか?)
シズもイーニアも驚きを隠せず、あとずさる。
「あ、あなたもタリスマンを求めて、このフランドールの大穴へ……?」
「そんなところよ。大いなる力を秘めしタリスマン! ……ゾクゾクするでしょう?」
自分たちのほかにもタリスマンを探す者がいた。そのうえ、もしかすると彼女はシズたちよりも多くのことを知っているのかもしれない。
アスガルド宮とは、そしてタリスマンとは何なのか――。
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