第188話 忘れられたBAD・END

 前線都市グランツの酒場は日中も営業しているところが多い。もちろん昼間は酒を振る舞うのではなく、もっぱら冒険者たちの合流や情報交換の場として用いられた。

 何度か訪れるうち、シズたちも多少は馴染む。

「あんたらみたいな若いのだけで、秘境の探検だって? やめときな」

「全滅すんのがオチだぜ、坊主」

 無論、歓迎はされなかった。実際のところ、一獲千金や大冒険を夢見てフランドールの大穴に挑む若者は、あとを絶たない。

 しかし経験不足の新米だけで踏破できるほど、大穴は甘いものではなかった。

「まっ、風下の廃墟でハイキングくらいにするこった。間違っても青き坑道や、栄光と灰の迷宮に入ろうなんて思っちゃいけねえ」

「は、はあ……」

 ベテラン冒険者たちの警告にシズは曖昧な相槌を打つ。

(オレたちが探検してんのは、『あっち』のアスガルド宮だもんなあ……)

 この数日の間に色々と情報を集めてみたが、アスガルド宮については何もわからなかった。おそらく、あの『別次元』の存在はまだクロード団しか把握していない。

「やっぱ、わたしらで潜って、調べるしかないんじゃない? アスガ……むぐっ?」

 おしゃべりなティキの口を、シズがさっと塞ぐ。

「ここじゃ周りに丸聞こえだっての」

「むぐぐ……ゴメン」

 イーニアは酒場の掲示板を眺めていた。

「お金も必要ですね。触媒とか、武器のメンテナンスにも……」

「なんでもいいから成果を形にしねえと、ジョージさんにも愛想尽かれそうだしなあ」

 アスガルド宮の調査のほかにもやるべきことは山とある。

 しばらくして、サフィーユが酒場に入ってきた。白金旅団のホープだけあって、冒険者たちも彼女には一目置いている。

「よう! 天才少女。ここんとこ、白金旅団もおとなしいじゃねえか」

「サフィーユだけか? キロのやつに話があったんだがなあ」

適当に挨拶を交わしつつ、サフィーユはシズたちのもとへ歩み寄ってきた。

「待たせたわね。行きましょ」

「おう」

 合流を済ませて、シズたちは早々と酒場をあとにする。

「……なんだ? あいつら、知り合いだったのか」

「友達だろーよ。放っといてやれって」

 冒険者たちは首を傾げていた。

 早速とばかりにサフィーユがクロードを抱え、もふもふ感を楽しむ。

「はあ~。シズ、今夜一晩、この子を預からせてくれないかしら」

 クロードはつぶらな瞳を潤ませて、飼い主のシズに『助けて』と懇願していた。

「オレの相棒なんだから、誘拐すんなっての」

「そーいやクロードって、オスなの? メスなの?」

「オスですよ。シズと同じです」

「……その言い方は合ってっけど、間違ってんぞ、イーニア」

 毒気のないオス呼ばわりに苦笑しつつ、シズは街角の遺跡を覗き込む。

 前線都市グランツはあちこちに大きな角のようなものが生えていた。地下の遺跡の一部が突出したもので、そこから内部に入ることもできる。

「王国軍のほうには一応、許可をもらってきたわ」

「サンキュ。まあ、いつ誰が入ろうが、わかんねえだろーけどさ」

 縄梯子を掛け、まずはシズがクロードとともに降りた。照明の魔法で周囲を照らし、安全らしいことを確認する。

「シズ~! わたしも降りてい~い~?」

「いいぜー! 気をつけろよ」

 続いてティキが軽快な身のこなしで降りてきた。

「へえ~、割と広いじゃん。こんな空洞が下にあって、上の街は大丈夫なわけ?」

「……あ、そっか。意外に頭いいんだなあ、ティキは」

「あのねえ……『ドワーフはバカ』っての、すっごい失礼よ?」

 武具全般に精通しているうえ、ピアノも弾けるなど、この少女は教養が深い。ただ、小柄な体型にジャケットとホットパンツというラフなスタイルで、色気は皆無だった。

 縄梯子がやけに揺れる。

「え、えぇと……これ、本当に大丈夫なんですか?」 

スカートが長いせいもあって、イーニアは梯子に苦戦していた。

「ゆっくり足を降ろすんだよ。そうそう、片足ずつ順番にな」

「は、はい」

「イーニアもパンツにしなよ。スカートじゃ、こーいう時に不便でしょ?」

「……? あの、下着なら……穿いてますけど」

 十五の少女にしてはド級の世間知らずで、シズも絶句することがままある。

三つ編みを両サイドで輪っかにするというヘアスタイルも、世間一般のセンスからずれていた。我が身ひとつでグランツへ来たため、普段着の替えも少ない。

(近いうちにイーニアの服を買わねえとな)

 最後にサフィーユが梯子をまっすぐに降りてきた。さすがに探検慣れしており、てきぱきと機敏な動作を見せる。

「梯子を外されたりしないかしら」

「大した深さでもねえし、いざって時はクロードに誰か呼んできてもらおうぜ」

 服装は王国騎士団の正装を冒険向けにアレンジしたもの。パンツスタイルでブーツを履き、さながら一国の王子様のような風貌だった。

 シズは三人の女の子に囲まれる。しかし胸は一向に高鳴らない。

(別に期待してるわけじゃねえけど……男とか女とか、どうでもよくなってくるな)

 肩の上でクロードも『やれやれ』と呆れた。

 灯かりのもとで簡単なマップを描きつつ、地下遺跡の調査を始める。

「さてと。こっちのほうから行ってみっか」

 アスガルド宮は前線都市グランツの地下にあるのでは――それを確かめるのが、今回の探索の目的だった。

 この地下遺跡は都市の建設が始まって、間もなく発見されたという。しかし本国の主導により開発が優先され、調査は後まわしとなった。

 今になってから地盤の強度を不安視する声も出ており、たまに申し訳程度の補強がおこなわれている。また、遺跡の一部は水路として改造され、グランツのひとびとの生活基盤を陰ながら支えていた。

「それほど複雑な構造でもないみたいですね……」

細長い通路が延々と続く。

 少し分岐がある程度で、いささか拍子抜けしてしまった。

 モンスターも出没せず、シズたちの足音だけがエコーを伴い、響き渡る。

「何十年……いいえ、ひょっとしたら百年以上も放置されてたにしては、綺麗ね。カビなんかも見当たらないもの」

 天井は一定の距離ごとにアーチが設けられていた。

足元まで舗装が行き届いており、建物の中にいるような気になる。壁に金属めいた光沢があるせいか、手元の灯かりは遠くまで届いた。

「……どうだ? イーニア」

 イーニアが触媒を燃やし、燻らせる。

「特に違和感はありません。至って普通の場所みたいです」

アスガルド宮はグランツの地下にあるのではないか――その仮説を裏付けるだけの根拠は見当たらなかった。やけに低い天井を見上げ、シズは首を傾げる。

「アスガルド宮に続いてる……ってこともなさそうだな」

「じゃあさ、あのお城はどこにあるわけ?」

 頭を使うのは降参とばかりにティキが音をあげた。

「今のところは『別次元』とでもしておくしかないわね。アスガルド宮も調べて、もっと情報を集めれば、また違った事実が浮かびあがってくるかもしれないわ」

「それじゃあ、またアスガルド宮へ?」

「だからぁ、その『べつじげん』ってのを説明してってば」

 サフィーユの話にしても仮説の域を出ない。

「とりあえず戻ってからにしようぜ」

 通路の途中でシズたちは踵を返し、謎めいた地下遺跡をあとにする。


 それを見送る人影がひとつ。

「うふふ……あの子たちもアスガルド宮を知ってるなんてね」

 彼らを酒場で見かけた時、ぴんと来た。

屈強な冒険者たちの中でも浮いた、少年少女のパーティーなど、未熟者の寄せ集めと誰もが思うだろう。しかしメンバーのひとりは白金旅団のサフィーユであって、ほかにもエルフ、ドワーフの少女と『訳あり』が並んでいる。

 ただの駆け出しではない――予想の通り、彼らは面白い話をしていた。

「あのエルフのお嬢ちゃん、それなりに名のある魔導士のもとで修行したみたいだし……男の子はシズ、だったかしら? ……色々と利用価値はありそうね」

 女魔導士は妖艶に微笑む。

 イーニアを『東のアニエスタ』の一番弟子とするなら、彼女は『西のザルカン』の一番弟子。その魔導力はすでに師を超え、今に名を轟かせつつあった。

 彼女の名はメルメダ。

「タリスマンは私のものよ。ふふふ!」

 強力なライバルがいることを、シズたちはまだ知らない。

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