第186話 忘れられたBAD・END
「まっ、オレの魔法には影響ねえみたいだけどさ」
得意げにシズは光球を浮かべた。サフィーユは目を丸くする。
「……シズ? あなた、触媒は……」
「どーいうわけか、触媒がなくても使えるんだよ。オレは」
シズの魔法は一般のものから大きくかけ離れていた。触媒を必要とせず、己の魔力だけで発動させることができる。
「へ~! 便利じゃん。お金も掛からないし、いざって時にもさあ」
「まあな。これはこれで、デメリットがねえわけじゃないんだけど……」
ただし本人の消耗が激しい、魔力の回復に時間が掛かるといった問題も抱えていた。
「私も聞いたことがないわ。あなた、一体……」
「実は『記憶喪失』でさ。オレも自分のことは知らないんだ」
できもしない昔話は切りあげ、先を進む。
正面のルートは構造そのものは単純で、迷うこともなかった。やがて一本道の回廊は突き当たり、奇妙な部屋へと辿り着く。
「あれは何かしら……パイプオルガン?」
床から天井まで無数の管が通っていた。サフィーユの言う通り、豪奢なパイプオルガンに見えなくもない。根元には鍵盤のようなものもある。
「わたし、ピアノ弾けるよ?」
「え? ティキが?」
「お父さんが『女なら弾けるようになれ』って、無理やりね。……信じてないな?」
中央の床は鏡張りになっていた。イーニアはスカートを押さえ、尻込みする。
「あの……これ、映っちゃうんじゃないですか?」
「み、見たりしねえって……んっ?」
その時、再びイーニアのコンパスが輝いた。
足元の鏡も同じ光を帯び、まるで水面のように揺らめく。
「またテレポートすんのか?」
「……もしかしたら、これでグランツに帰れるんじゃないかしら」
サフィーユの予想に根拠はなかったものの、期待はできた。シズたちは腹を決め、光が消えないうちに鏡の中へ飛び込む。
「こうなりゃ、運試しだ! 今より悪い状況には、ならねえだろうしな」
「オッケー! みんな、忘れ物しちゃだめだかんねー」
「あ、待ってください! 私も――」
アスガルド宮が逆さまになったような気がした。
白金旅団の屋敷の一角で、シズたちはおもむろに身体を起こす。
「……帰ってこれたな」
シズの懐からクロードも顔を出し、きょろきょろとあたりを見まわした。イーニアやティキ、サフィーユも無事に帰還を果たしている。
「あ~、びっくりした……ほんと、何がどーなってんだか」
「とりあえず、行き来はできるってことですね」
コンパスはイーニアの手にあった。女神像の噴水とコンパスを合わせることで、何かしらの条件が揃い、『あの世』とやらのアスガルド宮へ転移できるらしい。
ただ、またもびしょ濡れになってしまった。
サフィーユが額を拭う。
「テレポートは苦手なのよ……あなたたちは大丈夫?」
「わたしは平気。お腹の中がひゅ~ってするの、割と面白いし」
ティキは小柄な身体で胸を張った。
シズは神妙な顔つきで顎を押さえ、思案に耽る。
「……あの城のどっかにタリスマンが隠されてる、ってことかな? イーニア」
「その可能性は高いと思います」
シズの懐からクロードが飛び降り、草むらの中で何かを見つけた。
そこには石板がひとつ。コンパスと同じ素材のようで、折り畳み式らしい。
「なんだ、こいつは? ……おっ?」
それを開くと、立体的なビジョンが浮かびあがった。先ほどコンパスから出たものより明瞭で、はっきりと『建物の構造』だとわかる。
「これ……アスガルド宮だわ! ほら、ここが入り口で……」
「そうか! こうまっすぐ来て……間違いないな」
立体マップはシズたちが歩いた部分しか出てこなかった。当然アスガルド宮を探索するなら、この石板の利用価値は高い。
「じっくり調べてみようぜ、イーニア、ティキ」
「うんうん! こーいうの待ってたんだよね。宝物だってあるかもだしさ」
「はい! タリスマンはきっと、あのお城の中に……」
今後の方針は決まった。シズたちはアスガルド宮を徹底的に調査することに。
サフィーユがシズに手を差し出す。
「迷惑じゃなかったら、私にも手伝わせてもらえないかしら? もちろん、白金旅団のみんなには一切口外しないわ。……あなたたちの仲間として、一緒に」
天才剣士の助力を得られるなど、願ったり叶ったりだった。シズのほうからも手を差し伸べ、固い握手を交わす。
「そいつは心強いぜ。改めてよろしくな、サフィーユ」
「ええ! イーニア、ティキもよろしく。いくらでも頼りにしてちょうだい」
「こ、こちらこそ……サフィーユさん」
「歳も近いんだし、もっと気軽に呼びなってー。イーニア」
何とも心強い味方が増えた。
「へっくし!」
くしゃみも重なる。
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