第155話
さしものジュノーも質問を躊躇う。
「ずっと封印してはいられないのでしょうか?」
「この五十年の間に、やつも力を取り戻しておる。いずれ自力で封印を破るだろう」
もはやシビトの災厄は過去のものではなかった。近いうちに『第二の災厄』が始まる。
城塞都市グランツにはかつてない危機が迫っていた。
「ほ、ほかに手はねえのかよ?」
「ない。しかしこれは、やつを倒す最大のチャンスでもある」
グランツを、ひいては大陸を救うには、今度こそコズミック・スレイヤーで邪悪の王を討つしかない。
「みっつのタリスマンは無限のタリスマンと紐づいておる。そなたらであれば、この剣を手にできよう。そして……覚悟が決まったら、再びここへ来るのだ」
かの王はこの封印区画の下で眠っていた。
セリアスは淡々と肩を竦める。
「スケールがでかすぎて、実感できんな。……俺たちに大陸を救え、だと?」
「生き残りたくば、戦え」
グウェノは呆れ、ハインは腕組みを深めた。
「……簡単に言ってくれるぜ。街も巻き込むってのに」
「バルザック殿にも話しておかんとな。総力戦になろうて」
もはやセリアス団だけの問題ではない。封印を解いたが最後、城塞都市グランツはシビトの大群に襲われることとなる。
さすがに全員が気落ちしてしまった。
セリアス自身『世のため・ひとのため』に力を尽くせるタイプではない。
「こいつはとんでもない貧乏くじだぞ……どうする? お前たち」
「困りましたね……まさか災厄の再来だなんて、私だって考えもしませんでしたから」
イーニアはコンパスを見下ろし、溜息を漏らした。
「どうして先生は私にこれを……」
「とりあえず街に戻って、みなと話を進めるしかあるまい」
やるべきことは山とある。
無限のタリスマンを捜し出すのは無論のこと、城塞都市グランツの防衛を強化しなくてはならなかった。バルザックとマルグレーテに協力を仰ぐ必要がある。
「信じてもらえるでしょうか? 正直な話、僕も半信半疑で……」
「俺たちだけで勝手に始めたら、大参事だからな」
セリアスたちは苦境に立たされつつあった。
そんなセリアス団のため、エディンが最高の『褒美』を差し出してくる。
「そなたらの事情はいくらか把握しておる。これで、やる気が出るのではないか?」
小さな瓶がふたつ。その中は赤い液で満たされていた。
グウェノが目を見開く。
「そっ、そいつはエリクサーじゃねえか!」
「なんと! これが、拙僧らの求めておる神秘の霊薬か!」
ハインは息子のため、グウェノは恋人のため、エリクサーを欲していた。しかしイーニアは残念そうに視線を落とし、こわごわと口を開く。
「確かにエリクサーみたいですけど、かなり劣化が……効果も落ちてると思います」
「……そうだぜ。純度の高いエリクサーは『青い』はずなんだ」
瓶の中身は赤に変色しているうえ、気泡が混じってもいた。神秘の霊薬というほどの効き目は見込めないだろう。
グウェノはがっくりと肩を落とす。
「三十年掛けて復元すりゃ、使えるかもしれねえけど……」
それでもエディンはエリクサーを勧めた。
「持ってゆけ。今は使えずとも、必ずや、そなたらの願いを叶えてくれよう」
劣化が著しくとも、エリクサーであることに変わりはない。ハインとグウェノはそれをひとつずつ受け取り、大事そうに懐へ仕舞った。
「あの子の目を……」
「マルコのためにも、あいつの足を……」
シビトの王は物静かにワインに口をつける。
「剣士よ、そなたは運がよいぞ。ソルアーマーにスターシールド……それらがあれば、コズミック・スレイヤーのパワーに耐えうるかもしれん」
「耐えられなきゃ、セリアスはどうなるってんだよ……ハア」
剣士は激闘を予感せずにいられなかった。
「やるしかないな」
タリスマンを巡って今、本当の戦いが幕を開ける。
幸いにして、封印区画の最深部には女神像が安置されていた。これで風下の廃墟まで帰還できるうえ、次からはこのフロアに直行できる。
仲間たちに続いてイーニアも立ち去ろうとしたところで、城主が声を掛けてきた。
「ハーフエルフの少女よ。聞け」
「……?」
切れ長の双眸がイーニアの顔立ちをまじまじと映し込む。
「そなたにとって、敵はかの王だけではない。心当たりがあるのではないか?」
心の底の不安を見透かされ、ぎくりとした。
邪悪の王が脅威であることは疑う余地もない。セリアス団がしくじれば、大陸は再びシビトの災厄に見舞われるだろう。
だが、イーニアにはまったく別の心配事がある。
「使者……ですか?」
湖底の神殿で自分を待ち受けていた黒幕。
フランドールの大穴のあちこちにタリスマンが隠された理由と、コンパスの意味。そこの女神像にしても、設置場所には何者かの意図を感じる。
まるでセリアス団『だけ』を優遇するような――そのおかげで、セリアス団はこれまでにみっつのタリスマンを独占できた。
「三人目の旅人よ。そなたの『心』が運命を決めること、肝に銘じておくがよい」
もっと話を聞きたかったが、グウェノやジュノーに急かされる。
「早く帰ろうぜ~、イーニア」
「あ、はい! すぐに行きますから」
イーニアはシビトの王に頭を下げ、女神像のもとへ急いだ。
時計仕掛けの運命がまわり出す。
かつて樹里やシーゼルが扉を開いて、旅立ったように。
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