第153話

 セリアスも真正面の敵を一刀両断に仕上げる。

「あまり飛ばし過ぎるなよ。ハイン」

 それこそハインという男には余計なお世話かもしれなかった。彼がスタミナを切らせる場面など、一度たりとも見たことがない。

「この調子なら、モンスターはどうとでもなりそうだな」

「プリーストのハインさんが一番前、というのも面白いフォーメーションですね」

 頼もしい仲間たちのおかげで、封印区画の探索は思いのほか順調だった。

 にもかかわらず、イーニアは神妙な面持ちで呟く。

「バンダースナッチにスケアクロウ……」

「どうした? イーニア」

 最初のうちは何かと遠慮がちだった彼女も、正直に打ち明けてくれるようになった。

「さっきから、先生が教えてくれたモンスターばかり出てくるんです」

 グウェノは不思議そうに首を傾げる。

「魔法の先生だろ? モンスターの生態にも、割と詳しいもんじゃねえの?」

「はい。ですけど……それが連続して現れるものですから」

 ほかでもないイーニアの言葉となっては、無視もできなかった。セリアスは足を止め、イメージを膨らませる。

「お前に『タリスマンを捜せ』と言ったのは、その先生だったな」

「その通りです」

 イーニアの師匠は『東のアニエスタ』の名で広く知られ、メルメダの師匠である西のザルカンとは実力伯仲と並び称されるほどだった。アニエスタは弟子のイーニアにコンパスを託し、フランドールの大穴へ派遣している。

 当初はセリアスも、世間知らずの弟子に見聞を広めさせるため、と思っていた。やや浮世離れしていた彼女も、グランツでの生活を通じ、社会に馴染みつつある。

 だが――タリスマンはただの宝物ではなかった。

 ジュノーも険しい表情で考え込む。

「腑に落ちないんですよ。なぜ東のアニエスタは自分で探しに来ないんでしょうか」

「確か七十だろう? 寄る年波には、大魔導士殿も抗えんのではないか?」

 ハインの推測はもっともらしかった。老婆が腰を痛めて、で一応の説明はつく。

 グウェノはあっけらかんと言い放った。

「また悪い癖が出ちまってるぜ? 考えすぎだって、イーニア」

「……そうですね。ごめんなさい、先を急ぎましょう」

 イーニアもかぶりを振って、探索に意識を戻す。

 ただ、セリアスの頭の中ではパズルが形を成し始めていた。

(イーニアにタリスマンを見つけさせるため……何かあるな、こいつは)

 こうなっては、エディンから真実を聞くしかない。

 しかし探索を進むにつれ、メンバーも次第に疲労の色を滲ませた。街に地図もないような迷宮のため、神経もすり減らされる。

「そろそろ引き返すか」

「だなぁ……王様にゃあ、もう少しお待ちいただこうぜ」

 帰りはルートがわかっているとはいえ、モンスターと連戦を強いられる恐れもあった。セリアス団は踵を返し、余裕があるうちに後退を始める。

 ところが、今しがた通ってきたはずの廊下は壁で閉ざされていた。

「……やられたな」

 一方通行のシャッターに引っ掛かったらしい。

 しかも記憶地図がぼやけ、現在位置が把握できなくなる。

「セリアス! これでは……」

 退路を断たれ、セリアス団は一転して窮地に陥ってしまった。遭難もありうるパターンで、ここから全滅するパーティーもある。

 ハインが拳をごきりと鳴らした。

「なぁに、案ずることはない。これしきの壁、拙僧が砕いてやるとも」

「そいつが手っ取り早いよな。頼むぜ、オッサン」

 スマートではないにせよ、セリアスとて延々と迷うつもりはない。

「ゆくぞっ! ……ぬ?」

 だが、ハインの鉄拳は壁の寸前でぴたりと止まった。剛勇のタリスマンが光を発し、ハインの剛腕を包み込む。

 頭上から低い声が響いた。

『いかんな、シャガルアの僧よ』

「な、なんだ? 誰が喋ってんだよ?」

 セリアスたちは天井を仰ぎ、困惑する。

 声の主は城主のエディンだった。

『この区画はただの迷路ではない。そなたらがタリスマンを揃えるに相応しいか、それを試すための場所なのだ』

 セリアスとジュノーは納得気味に目配せする。

「……道理で、ソールの地下迷宮と造りが似ているわけだ」

「これを正攻法で突破しない限り、話す気はない……ということですか」

 迷宮の邪気が一段と濃くなった。どうやらモンスターに気取られたらしい。

『褒美も用意してある。来るがよい、人間ども』

「上等だ!」

 セリアスは剣を抜いて振り返る。

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