第128話

 城塞都市グランツは『近代都市』としてのイメージアップを兼ね、前々から週末の休息が奨励されていた。バルザックもこれを推進し、日曜は大半の住民が羽根を伸ばす。

 ギルドも休みとなり、冒険者は暇を持て余した。週末くらいはイーニアも勉強はほどほどにして、ロッティとともに商店街へ繰り出す。

「来月は海でしょ、海! イーニアも水着を買っとかないとね~」

 ロッティはすこぶる上機嫌。セリアスから小遣いをせしめ、得意になっていた。

「レジャー用品を経費で落とすのも、まずいしさあ……イーニアはお金、だいじょぶ?」

「はい。今朝、マルグレーテさんにいただきましたから」

 イーニアの財布も今日は余裕があった。

 魔法屋で錬金の仕事を受けているため、小遣いがないわけではない。しかし今朝はマルグレーテに半ば強引に資金を持たされてしまった。おまけに厳命されている。

『恥ずかしがったりせず、必ず水着を買いなさい。よろしくて?』

 そこまで拘る理由がイーニアにはわからなかった。

(まあ水着なら……湖で着てたものね)

 ロッティと一緒に夏の青空を仰ぎながら、女子会のメンバーを待つ。

 しばらくしてセリアス邸の侍女ことソアラがやってきた。グレナーハ邸のメイドと同じ給仕服を身にまとい、清楚な雰囲気を醸し出す。

「おはようございます、イーニア。それから、えぇと……ロ、ロッテンマイヤー?」

「どこの誰と間違えてんのよ? ロッティだってば、ロッティ」

 そんなソアラのスタイルを一瞥し、ロッティは眉を顰めた。

「暑くない? それ」

 風下の廃墟から湿気が流れ込むようで、グランツの夏は蒸し暑い。七月にもなると、少し外を出歩くだけでも汗が滲んだ。

 にもかかわらず、ソアラは平然と余裕を浮かべる。

「問題ありません。私は堪え性のない人間とは違いますので」

 はきはきと断言され、イーニアもロッティも唖然とした。

「は、はあ……」

「なんなのよ、この子? もう」

 立ち話はそこそこにして、大通りを進む。

 ハイタウンの商店街は今日も賑わっていた。流通が確保されたことで、品揃えは本国にもひけを取らない。行きつけの書店でも最新刊が続々と入荷される。

「本は今度でいいでしょ、イーニア。今日は水着を買いに来たんだから、水着っ」

 急かすロッティを、ソアラは鼻で笑った。

「読書もしない典型的な若者なんですね。ハァ……嘆かわしいことです」

「私はフランドール王国アカデミーの学生なのっ! 考古学者!」

 可憐な考古学者は地団駄を踏む。

「あなたねぇ、誘ってあげたんだから、もっと馴染もうとか思わないわけ? イーニアには割と友好的なくせに、私には妙に冷たいじゃないの」

「あなたがマスターから二万クレットも巻きあげるからです」

「……う」

 相場に不慣れなイーニアにはぴんと来なかった。食品や生活雑貨ならまだしも、水着はどれくらいの値段なのか、想像もつかない。

 ロッティが溜息を漏らす。

「アカデミー生は万年金欠なのよぉ」

「ちゃんとマスターに感謝してください」

 楽しいショッピングのはずが、いささかナーバスなムードになってしまった。

(……あ。これが『空気を読む』っていうのね)

 イーニアは朗らかな笑みを綻ばせて、手頃な店を覗き込む。

「しょげてないで入りましょう。外は暑いですし」

「うんうん! でもイーニア、そのお店は違うからね」

 休日だけあって、どの店もそれなりに繁盛していた。来月のバカンスを見据えてか、レジャー用品は豊富に取り揃えられてある。

「浮き輪も欲しいなー。でも、ちょっと子どもっぽいかなあ?」

「不思議な素材ですね。ブニブニしてて……」

 こうして同世代の女子と一緒に買い物するなど、初めてのことだった。遠慮がちにイーニアは商品を手に取っては、首を傾げる。

「それが欲しいんですの?」

「いえ、そういうわけでは……どう選べばいいのか、わからないんです」

 これが魔法屋であれば、入店から会計まで十分と掛からなかった。しかし『遊ぶため』の買い物はまったく経験がないせいで、後ろめたい気分にもなる。

(本当にいいのかしら。マルグレーテさんにお小遣いまでいただいちゃって……)

 一方でロッティは気ままに水着を物色していた。

「スタイルにはあんま自信ないしなあ……ビキニは無理、だけどセパレートくらいなら……ソアラはどんなのにするの?」

「マスターが『なるべく普通のを買え』と仰いましたので」

「あなたのもセリアスの財布から出てんじゃないのよ」

 さすがに下着と変わらないようなものは外し、無難な候補を絞っていく。その間もロッティとソアラは牽制を続けた。

「見せる相手もいないでしょうに……ぺったんこが色気づかないでください」

「ぺ、ぺったん……? び、Bはあるんだからね? これでも」

「これでも? 自覚はあるみたいですね」

「あのぉ、ソアラも私たちと変わらないと思いますけど」

 ロッティはイーニアを盾にしながら、いきり立つ。

「もっと言ってやってよ、イーニア! ……すっごく虚しいけどさ」

「え? どうして虚しいんですか?」

「……それを聞くわけ?」

 イーニアは自分の胸と、ロッティやソアラの胸も見下ろし、きょとんとした。

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