第100話
竜骨の溶岩地帯へのルート開拓を目指して、行動を開始する。
セリアス団はグウェノの代わりにザザを迎え、溶岩地帯への道のりを進んでいた。画廊の氷壁と同じく半日は掛かる行程で、道中はモンスターにも頻繁に遭遇する。
猪のようなモンスターはとにかく突撃してきた。ハインは真正面から受け止められる一方で、セリアスとイーニアは脇に逃れる。
「拙僧が押さえ込んどるうちに!」
「はいっ!」
イーニアの剣がモンスターの右側を裂いた。そちらの傷が浅い分、セリアスはシルバーソードに力を込め、左側を真っ二つに仕上げる。
もう一匹はザザが軽々と仕留めた。
「……………」
グウェノの不在は痛いものの、ザザの実力は十二分にその穴を埋めてくれる。索敵能力に優れ、初めての場所にもかかわらず、こちらが先手を取る場面も多かった。
イーニアは細身の剣を収め、一息つく。
「ふう……。私でも、なんとかなりましたね」
「謙遜することはないぞ、イーニア殿。大したものではないか」
この少女の剣技の冴えには、セリアスも驚いていた。
訓練でできたことが実戦ではできない、というパターンはよくある。しかしイーニアは物怖じせず、冷静に敵の動きを見極めたうえで、剣を振るった。
華奢なようで割と筋力もある。
「もう少し踏み込むと、もっとよくなるぞ」
「はあ……」
ただ、それを本人は自覚していなかった。自惚れるよりはいいかもしれないが、自信のなさもまた不安材料となる。
「イーニアの剣も新調しないとな」
「それより盾はどうだ? 魔法の効果があるものも、イーニア殿なら使えよう」
「確かに……攻撃か守備か、悩ましいな」
イーニアの成長はセリアス団の実質的な強化にも直結した。
寡黙なザザが青空を仰ぐ。
「……………」
「にしても、暑くなってきおったのう」
グランツも夏に入り、今日も日中は蒸し暑かった。これからの時期に溶岩地帯を探索するのは、いささかタイミングが悪い。
イーニアが汗を拭う。
「こんな日はよく湖で泳いだりしたんですけど……」
「湖? イーニア殿は水辺に住んでおったのか」
「あ、はい。先生のお屋敷が湖の真中にありましたので」
セリアスはギルド製の地図を広げ、記憶地図と照らしあわせた。
「湖か……。溶岩地帯はあとまわしにして、『泣きやまぬ湖』に行くのもありか」
「絶景らしいのう。湖に沈んだ神殿というのも、神秘的ではないか」
依然としてコンパスの反応はない。
第三のタリスマンは行動範囲を広げ、地道に探すほかなかった。
「慈愛のタリスマンと、無限のタリスマンか……」
「もっと奥地にあるのやもしれんな」
「女神像もあるといいですね。この距離を行き来するのは、ちょっと大変ですから」
ようやく溶岩地帯のベースキャンプが見えてくる。
とはいえ今回、竜骨の溶岩地帯に足を踏み入れるつもりはなかった。氷壁と同様、苛酷な環境での探索となるため、それなりの準備が必要となる。
「一休みしたら、グランツへ帰るぞ」
「……………」
ザザは手頃な日陰で胡坐を掻いた。セリアスたちも荷物を降ろす。
「ところで、セリアス殿。あの子はどうした?」
「ソアラならマルグレーテのところさ」
ソルアーマーの精霊を自負する少女は当初、セリアス団の世話をすると胸を張った。しかし炊事も洗濯もまったくの素人で、掃除も要領を得ない始末。厄介払いも兼ねて、マルグレーテのもとで勉強させている。
「セリアス殿は年下のおなごと縁があるようだのぉ」
「あいつの年齢はわからないぞ? 見た目が子どもというだけで」
ロッティといい、誤解を生む女子が増えつつあった。
ベースキャンプでは余所のパーティーも休憩している。竜骨の溶岩地帯は資源が豊富なことから、人気も高かった。そうでなければ、このような拠点も設けられはしない。
「よお、セリアス団! グウェノは里帰りしてんだって?」
「……ああ」
つくづくグウェノの顔の広さを思い知らされてしまった。
「まあ帰れる時に帰っとくもんだよ。フランドールの大穴じゃ、何が起こるかもわからねえからなあ、ほんと、ほんと」
冒険者の意味深な話しぶりが気に掛かる。
「何かあったのか?」
「あー、まあ……」
口ごもって渋りながらも、彼はぼそぼそと白状した。
「また若い連中が事故だってよ。何の準備もしねえで、この溶岩地帯に突っ込んで……」
新米冒険者の事故はあとを絶たない。セリアス団も以前、脈動せし坑道で少年少女のパーティーの亡骸を発見した。
初心者にありがちな失敗ひとつで全滅――傍目には当然の結果であることが多い。
「死んだやつはいねえけど、大火傷だってよ。タブリス本国から箝口令があったとかで、情報部も今回の件は公開できねえんだと」
そして、王侯貴族はこれを理解しようとしない。
彼らにとってフランドールの大穴は輝かしい新天地。失敗は切り捨て、成功だけを大々的にアピールする手法には、冒険者たちも呆れ果てていた。
言うまでもなく、これが白金旅団の大混乱を引き起こしている。
「……酷い話ですね」
「自業自得といえば、それまでだが……タブリスにも落ち度はあろうて」
そこでバルザックの情報部はギルドと連携し、新たな取り組みを進めていた。
「そもそも十代は今、秘境には立ち入り禁止じゃなかったのか?」
「それだよ、それ。そっちのイーニアは特例ってことになってっけど」
十代の冒険者は実技試験に合格しない限り、探索を厳禁とする。これは前々から提案されていたが、バルザックやマルグレーテの働きもあって、この夏より実用となった。
また試験を受けるには、先輩冒険者の推薦が必要となる。
「なるほど……推薦が欲しくて、功を焦ってしまったわけか。難しいのう」
「もうじき学校が創設されるだろ? 冒険者向けの学科もできるって話らしいぜ」
来週には新人テストの『第一回』を控えていた。ギルドにとっても初めての実施で、試験に臨む二名はすでに決まっている。
「こいつはぜひとも、イーニア殿に頑張ってもらわんとなぁ」
「え……どういうことですか?」
当のイーニアは不思議そうに首を傾げた。
「一番手のお前の出来次第で、今後の試験の基準が左右される、ということさ。お前が百点の成績を出せば、あとのやつらへの要求も高くなるだろう」
「だからといって、手を抜いてはいかんぞ」
この話は早いうちからセリアス団に伝えられている。
(試験か……やれやれ)
面倒事は御免だが、イーニアのためならやぶさかでもなかった。
「結果が楽しみだな」
「大丈夫でしょうか、私……」
グウェノばりに情報通の冒険者も、太鼓判を押す。
「お前さんなら問題ねえだろ。おれとしちゃ、カシュオン団の坊主のほうが心配だぜ」
「あ、カシュオンも受けるんですね」
新米冒険者のための実技試験。セリアス団の紅一点には期待が寄せられていた。
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