第76話 グウェノの青春

 翌朝、グウェノはパーティーの面々に開口一番、頭をさげた。

「昨日はすまねえっ! 二度とやらねえから、またオレを連れてってくれ」

 ジャドはしたり顔で肩を竦める。

「だとよ。どうする?」

「俺は構わんさ。案内役はほかにいないんだ」

 リーダーのデュプレはグウェノを諌めたりせず、あっさりと復帰を認めた。グウェノの勢いに気圧され、アネッサはまだたじろいでいる。

「ええと……じゃあ出発しましょうか」

「ああ。西の塔の途中だったな」

 改めてグウェノたちの一行は北の古城を目指し、山道へ入った。

 メイアの命を諦めたつもりはない。その一方で少し諦めかけているのかもしれない。ただ、昨日まではなかった目的意識が、今のグウェノを突き動かしていた。

(吠え面かかせてやるぜ。待ってろよ、大魔導士マーガス!)

 シドニオから春も夏も奪ったマーガスを、この手で倒す。そうすれば、メイアは生まれ故郷から追い立てられることもないだろう。

 何しろ彼女は足を病んでいるせいで、走れない。逃げられないのだから。

「なあ、デュプレ。ジャドとアネッサも聞いてくれ。急にこんな話も何だけどよ」

「どうした?」

「オレさ、マーガスの野郎は絶対にぶちのめしてやりてえんだ。けど、オレひとりじゃあ返り討ちに遭うのが関の山だろ。だから、その……力を貸してくれ」

 デュプレは足を止め、強面にも笑みを浮かべた。

「俺にも好きな酒がある。この件が片付いたら、お前に奢ってもらうとするか」

「おう! 派手にやろうぜ」

 通りすがりの冒険者とはいえ、自分には心強い仲間がいる。

「アネッサも来いよ。飲めなくったっていいからさ」

「は、はあ……」

「てめえも飲めねぇだろーが。ケケッ」

 結束を固めつつ、やがてグウェノたちは古城へと辿り着いた。昨日と同じルートで回廊を西に抜け、塔の麓までやってくる。

「東とおなじ構造なら、苦労せずに済むんだが……期待できそうにないな」

 古城の内部は複雑に入り組んでおり、隠し扉などの仕掛けも多かった。

 そもそも城という建造物は『要塞』や『砦』に当たる。つまり軍事基地であって、それを王家の象徴として飾りつけたのが昨今の宮殿だった。そのため、自軍の防衛行動は妨げないような造りになっている。

 ところが、この古城の構造は侵入者を惑わせることに終始していた。兵の詰め所や武器庫などは見当たらず、階段の位置も不便に過ぎる。

 探索を進めつつ、アネッサが率直な疑問を口にした。

「どうしてマーガスはこの場所を選んだんでしょうか……」

「ん? 隠れるのによかったんじゃね?」

 考えなしに即答すると、デュプレにもジャドにも鼻で笑われる。

「ちったあ頭を使えよ、グウェノ」

「この城はどこにある?」

「……あ! そーいうことか」

 シドニオはタブリス王国への交易ルート上にあり、旅人や輸送隊の宿場として収入を得ていた。その街から山上の古城は丸見えであり、旅人なら必ず一度は目に留める。

「モンスターの合成なんて研究をするなら、もっとほかにあると思うんです」

「確かにな……」

 にもかかわらず、マーガスは古城をねぐらとし、疚しい研究に没頭していた。おまけにシドニオを巻き込み、王国から討伐のお触れまで出されている。

 デュプレは難しそうに顎を撫でた。

「そいつは俺も気になってたんだ。マーガスには何か……この街でなければならない『理由』があるのかもしれん」

 一方で、ジャドはアネッサに視線を送りながら仄めかす。

「案外、王国もグルかもしれねぇぜ? 合成モンスターをモノにできりゃあってな」

「あえてマーガスを泳がせている可能性もある、か」

 アネッサの手には今回の調査メモがあった。モンスターの生態や行動パターンについて山ほど書き込まれ、この数日のうちにノートは半分以上も埋まっている。

「あ、あの……私は何も……」

 その意味するところを、おそらく彼女は理解していなかった。

 グランシード王国は腹に一物抱え、マーガスを探っている。そこで勉強熱心なアネッサを派遣した――ほとんど邪推とはいえ辻褄は合う。

「安心しろ、依頼は依頼だ。ちゃんと仕事はこなしてやる。……が、お前もマーガスの二の舞になりたくなければ、己の立場というやつは把握しておくんだな」

「……私の立場、ですか」

「そのへんにしとこうぜ。妙な空気だ」

 困惑するばかりのアネッサを見かねて、グウェノは適当に話を逸らした。

 壁の穴をくぐって、野犬のようなモンスターが二匹、三匹と現れる。いつぞや挿絵でも見かけた合成モンスターのケルベロスだった。

「げえっ! マジで出やがった!」

「なんだ、グウェノ。気配を察知したんじゃなかったのか」

 挿絵と違って頭はふたつずつだが、数が多い。

 ひとまずグウェノは野犬除けの粉末を撒き散らした。

「今のうちだぜ!」

「ここで迎え撃つぞ! ジャド、お前は右だ!」

「おう! 準備運動になりゃいいがな」

 デュプレの剛剣が唸る。


 また翌日、翌々日と塔の調査を続け、ようやくグウェノたちは最上階へと迫った。

「思った以上に掛かっちまったなぁ」

「あの隠し扉にもっと早く気づいていればな。ジャドもヤキがまわったか」

「おれだけのせいにするなよ。お前らも疑わなかっただろ」

 この五階に来るまでには、四階の落とし穴で一旦下のフロアへ降りてから、外壁の階段を経由している。ジャドがマップを描き間違えたせいもあり、苦戦してしまった。

 そのうえ塔には妙な魔法が掛かっているようで、いつの間にか方角がわからなくなる。冒険者の間では『回転床』と呼ばれ、嫌われていた。

(もう三日もメイアと会ってねえのか……)

 恋人のことを不安に思いながらも、グウェノは最後の階段を見上げる。

「そろそろ行くとすっか」

「気をつけろよ。何が出てくるか、わからんからな」

「とっとと片付けて、飯だ、飯」

 身軽なジャドが先行し、その後ろにほかのメンバーが続いた。

 それを見つけ、アネッサが口を押さえる。

「……っ!」

 全長が四、五メートルもあるモンスターの群れだった。大きな顔を並べて眠りこけており、グウェノは肝を冷やしつつもほっとする。

(驚かせやがって……鍵だけいただいて、ずらかろうぜ)

(そうだな。グウェノ、ジャド、お前たちは怪物の背面を探してくれ)

 眠れるモンスターを刺激しないように、メンバーは抜き足差し足に徹した。

 ところが寒さのせいか、アネッサがくしゃみを鳴らす。

「くしゅんっ!」

(やべえ!)

 どきりとしたが、幸いにしてモンスターどもは動かなかった。グウェノは胸を撫でおろし、肺の中身を一気に吐き出す。

(びっくりさせんなっての……ん?)

 その拍子にまったく別のモンスターと目が合った。子どもくらいなら丸呑みにできそうなサイズの蛇が、獲物を見つけ、涎まみれの牙を剥く。

「ま、まじぃぞ! 起きてるやつが……違う! 騙されたんだ、オレたち!」

「離れろ、デュプレ、アネッサ! 動き出すぞ!」

 ジャドも同じものを見て、敵の正体を悟った。

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