第57話

 セリアス団は城塞都市グランツへと帰還し、報告のためギルドへ立ち寄る。

「なあ……オレたち、氷壁を行き来してるにしちゃ、帰ってくるのが早すぎねえ?」

 グウェノの懸念はもっともだった。

 女神像でテレポートできるため、ほかのパーティーに比べて、往復の時間が異様に短くなってしまうのだ。これではとんぼ返りとも思われかねない。

 しかしセリアスは行き先も日時も誤魔化さず、報告書を仕上げた。

「これだけ冒険者がいるんだ。いちいち読まないさ」

「……それもそっか」

 遭難などの問題を起こさない限り、事務的な手続きを睨まれることもないだろう。セリアス団は悠々と報告を済ませて、ギルドをあとにする。

 街の雰囲気が少し変わっていることに、イーニアが気付いた。

「あれはタブリス王国の旗ですね」

「ん? あー、王国軍が新しい将校を派遣したとかで、大規模な異動があったんだよ。そのうち……ほら、あれだな」

 タブリス王国の正規軍が大通りを闊歩し、セリアスたちとすれ違う。

 白金旅団の件で再編成となったのだろう。ギルドや冒険者たちは、また必要以上に干渉されるのではないかと、王国軍の動向を注視していた。

「……あれぇ? セリアスじゃん!」

 騎士の一行から小柄な少女が飛び出してくる。

 馴染みのある幼い顔つきに、セリアスはやれやれと額を押さえた。

「ロッティか? まさか、お前までグランツに来るとは……」

「おっ? セリアスの知り合いかよ」

 案の定、グウェノがにやにやと探りを入れてくる。こうなっては諦めるほかない。

「同郷の子でな。ソール王国で面倒を見てたんだ」

 考古学者の卵、ロッティ。イーニアと同じ十五歳にして、この少女はフランドール王国の大学に在籍し、博士課程を進めていた。故郷の皆も自慢する『天才少女』である。

 ただしセリアスにとっては『昔の恋人の妹』だったりもした。

「みなさん、ひょっとしてセリアスのお仲間さんなの? 秘境を探検してるんだー?」

 ロッティがつぶらな瞳を興味津々に輝かせる。とりわけ自分と同い年のイーニアのことが気になるようで、積極的に声を掛けてきた。

「ねえねえっ! そっちの子は?」

「え? 私……ですか?」

 セリアスは間に割って入り、ロッティに『待て』と手をかざす。

「あとにしろ。お前は王国軍と一緒じゃないのか」

 ロッティの単独行動を見かねて、王国騎士らもセリアス団のもとへ歩み寄ってきた。リーダーらしい人物はセリアスに劣らず精悍な顔立ちで、豪奢な剣を腰にさげている。

「こらこら、ロッティ君。勝手に隊列を離れてはいけないよ。君は大切な『お客様』なんだからね」

「ごめんなさーい。バルザックさん」

 その名にグウェノはあっと声をあげた。

「バルザックって、王国情報部のバルザック少佐っ?」

「おや、ご存知のようだね」

 タブリス王国軍で情報部を束ねるエリート将校、バルザック。しかし彼はセリアスたちのような冒険者にも礼儀を欠かさず、握手を求めてきた。

「お初にお目にかかる、私がバルザックだ。君たちはロッティ君の友人かい?」

「俺だけ、な」

 セリアスも素直に握手に応じ、バルザックと真正面から視線を交わす。

「そうか、君がロッティ君の言っていた……。今日は急ぎの用があるので、すまないが、後日にでも機会を設けさせてくれたまえ。ぜひとも話を聞かせてもらいたくてね」

「ああ」

「そんじゃあね、セリアス! ばいばーい」

 社交辞令のような約束だけ取りつけて、彼はロッティとともに隊列へと戻った。

 グウェノとハインが声のボリュームをさげる。

「生粋の切れ者だって噂だけど、別に悪いやつじゃなさそうだな」

「拙僧らは一介の冒険者に過ぎんからな。彼にとっては取るに足らんのだろう」

 だが、セリアスはバルザックという男に一種の違和感を覚えていた。

(情報部の将校、か……)

 おそらくセリアスの素性も調査済みのはず。わざわざロッティを連れてきたのも、こうして自分に接触するため、かもしれないのだ。

「さっきの子、あとで紹介してくれよなあ、セリアス」

「なんだ? グウェノ、年下に興味があったのか」

「……そういう意味じゃねえっての」

 それ以前にロッティが城塞都市グランツへやってきたことで、頭が痛い。

「セリアスの妹さんかと思いました。なんとなく雰囲気も……」

「遠い親戚だからな」

 昔の恋人の妹――セリアスにとってはメルメダの次に会いたくない人物だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る