第29話

 満月の夜、セリアスたちは再び森の沼を訪れた。

「少々肌寒いのう……みんな、風邪をひいたりせんようにな」

「オッサンも沼に落ちんじゃねえぞ?」

 マンドレイクは毒性が強いため、それぞれ軍手を嵌めておく。燃えると猛毒ガスが発生することから、カンテラも仕切りの厚いものにした。

 夜中の探索は今回が初めてとなる。

「何時くらいでしょうか、今」

「月や星の位置で大体はわかるんだ。例えば……月の左に赤い星があるだろう?」

「あれ? 魔法でもわかるんじゃなかったっけ?」

 ホットココアで身体を温めつつ、星を眺めるうち、二十二時をまわった。

月明かりのもと、沼の一帯で土がもこもこと盛りあがってくる。

「あ! 出てきました!」

 土の中から次々と、ひからびたニンジンのようなものが起きあがってきた。今にも叫びそうな人面があるせいで、気色が悪い。

「こいつがマンドレイクか……触媒じゃなかったら、触る気にもなんねえな」

「う、うむ。なんとなく目が合ってしまうような……」

 グウェノやハインには不評だった。しかしイーニアのほうは瞳を輝かせている。

「こんなにたくさんのマンドレイクが……本当にすごいです! 先生のところでも、この半分もありませんでしたから」

 マンドレイクがもぼこぼこと起きあがってくる不気味な光景が、魔法使いにとっては感動的なシーンらしい。

 ハインが両手の指をごきりと鳴らした。

「それでは始めるとしよう! どれ、拙僧はこのあたりから」

「あ! 待っ……」

 イーニアが制止するより先に、モンク僧の大きな手がマンドレイクを引っ掴む。

 ギャアアアアアアアアアアッ!

 夜空に絶叫が木霊した。

あまりのボリュームにハインは目をまわし、グウェノも全身を痙攣させる。

「こっ、これは? マンドレイクが叫びおったのか?」

「なんつー声だよ! み、耳が……っ!」

 マンドレイクは引っこ抜かれると、金切り声の悲鳴をあげるのだ。グウェノが沼に投げ捨てて、ようやく静かになる。

「昨日もイーニアが気をつけろって、言ってたじゃねえか。頼むぜ、オッサン……」

「す、すまん……すっかり忘れておったわい」

「……で? お前らはなんで、そんなに離れてんだよォ?」

 薄情な剣士と魔法使いは木の後ろへと避難していた。

「どっちかがやると思ったんだ」

「……ごめんなさい」

 信用されていなかったことに、グウェノはがっくりとうなだれる。

「息が合ってきたじゃねえの、お前ら……ハア」

「始めるぞ」

 セリアスたちは早速、手分けしてマンドレイクの採取に取り掛かった。

「どうすればいいわけ?」

「見ててくださいね。まずはこうやって……」

 悲鳴をあげさせずにマンドレイクを採るには、手順がある。

1、 周りの土ごと掘り出す。

 2、ひっくり返して、マンドレイクの人面を埋める。

 3、飛び出している根っこを切って、回収する。

 この方法なら、地中の頭部が新たな根となって、次の満月の夜に再び生えてくるのだ。また、マンドレイクの首を切り落とすような感触もない。

あとは毒性に注意しつつ泥を落とし、専用の袋に詰めるだけ。

「自然乾燥だと魔力が弱くなってしまうんです。なるべく早めに魔法屋さんへ……」

「さすがに詳しいな、イーニア」

 イーニアの助言もあったおかげで、充分な量が収穫できた。念のため、ハインが気功術でメンバーの手を順々に浄化していく。

「セリアス殿、マンドレイクの件はマルグレーテ殿に伝えておくべきでは?」

「ハハハッ! なあなあ、マンドレイクとマルグレーテって、ちょっと似てね?」

 セリアスは真顔でグウェノの冗談を流し、ハインのほうに相槌を打った。

「そうだな」

「……悪かったよ。つまんねえこと言って……」

 希少価値の高いマンドレイクは貴族らも商談に使える。セリアスが個人で魔法屋に売るより、スポンサーに任せたほうが大きな額を期待できるだろう。

 仮にマルグレーテには隠し、利益を独占しようとしても、ザザの目は誤魔化せない。

「朝になったら帰るとしよう。見張りはイーニア以外で二時間ずつだ」

「オレから見張りに立つぜ。テントにゃキロもいるけどな」

 セリアスたちはテントまで戻り、朝を待った。


 翌日、魔法屋の女店主は声を弾ませた。

「よく見つけてきたねえ! まったく大したもんだよ、あんたは」

 セリアスとイーニアは目配せとともに笑みを交わす。

「やりましたね、セリアス」

「ああ」

マルグレーテにも報告したのだが、急な話だったため、今回は秘境探索の資金に当てて欲しいとのこと。

「ほんと助かったよ! いつもは白金旅団に採ってきてもらってたんだけど、あんなことになっちまっただろ? 来月はギルドに依頼でも出そうかと思ってたとこさ」

その白金旅団と同じ場所から採取してきたことは、伏せておいた。店主は上機嫌にイーニアから包みを受け取り、中のマンドレイクを確認する。

「あんたらが使う分は別にして、買い取らせてもらうよ。いいかい?」

「もちろんだ。値段はこれくらいで……」

商談はすぐにまとまった。

 店主がマンドレイクを倉庫に置いて、戻ってくる。

「そういやあ、昨日だったか……すごい美人の魔法使いが来てねえ。『セリアスって剣士を知らないか』っていうんだよ。あんただろ? セリアスってのは」

 美人の魔法使い。そのたった一言がセリアスを硬直させた。

 隣のイーニアが小首を傾げる。

「セリアス?」

「……ああ。そいつが俺の名前だったな」

 重々しい溜息をつくほかなかった。店主のほうはにやにやと探りを入れてくる。

「痴情のもつれってやつかい? ありゃ、かなりの腕前だよ。さっさと謝ることだね」

「そんなに色っぽい男に見えるか? 俺が……」

 再会は近いらしい。

(うるさい女は嫌いなんだが)

 それが痴情がもつれるような相手であれば、まだよかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る