第19話
見つかったのは一枚の石板だった。何も記されておらず、一同は首を傾げる。
「ふむぅ……これは一体?」
「ただの石板じゃないはずだ。イーニア、触ってみろ」
「はい。……あっ!」
イーニアが触れると、石板にみるみる何かが映し出された。一部はもやが掛かっているものの、どこかの場所を現しているらしい。
「ひょっとして宝の地図ってか? 続きは帰ってから、じっくり調べようぜ」
「魔具とやらの在り処かもしれんぞ! 面白くなってきたではないか」
グウェノとハインは大喜びでハイタッチを交わした。
イーニアも達成感を笑みにして、まじまじと石板を見詰める。
「これでようやく一歩、前進ですね」
「ああ……」
「あ~~~~~っ!」
ところが、水を差すように誰かの叫び声が響き渡った。ホールの入り口ではカシュオンとゾルバが驚愕の表情で立ち竦んでいる。
彼らも隠し部屋のプレートを調べに来たのだろう。
「おかしな道が開いておると思えば……そなたら、どうやってここへ?」
「どういうことですか? セリアスさん!」
ここで鉢合わせしては、誤魔化しようもなかった。グウェノは石板を隠し、セリアスはやれやれとかぶりを振る。
「仕方がない。見せてやれ、イーニア」
「えぇと、では……」
イーニアにコンパスを見せつけられ、カシュオンは目を丸くした。
「まっ、まさかイーニアさんもそれを? そんな……」
「わかったら、お前もコンパスはもう見せるな」
セリアスに指摘されると、はっとした顔で自分のコンパスを懐に仕舞い込む。
「思いもしませんでした。僕のほかにも『聖杯』を探してるひとがいるなんて……」
「……聖杯?」
秘密の調査がばれてしまったのは、彼らとて同じこと。カシュオンたちは諦めたように秘境探索の目的を話し始めた。
「僕らは聖杯を探すため、フランドールの大穴まで来たんですよ。……あれ? ああ、噂のタリスマンとは別物だと思います」
「いや、そうじゃなくて……コンパスで探してんのは『魔具』だろ?」
「は? なんですか、それ」
ところが彼の話はセリアスたちの認識と食い違う。
こちらが探しているのは魔具であって、彼らが探しているのは聖杯。これにはイーニアも神妙な面持ちで考え込んでしまった。
「先生は『聖杯』とは一言も……同じものでしょうか?」
「ううむ……ニュアンスのうえでは、同じであっても不思議ではないのう」
カシュオンらと話が噛みあわない。
(……気になるな)
魔具と聖杯が同一のものである可能性はあった。だが、そもそもセリアスたちは魔具の正体を知らず、タリスマンも謎に包まれている。
しかしカシュオンにとっては、ライバルの存在のほうが大問題らしい。少年は背伸びもしてセリアスへと詰め寄った。
「そ、それより、手を引いてもらえませんか? 申し訳ありませんが、聖杯を渡すわけにはいかないんです。その……そうだ、お金ならお支払いしますから」
「ガッハッハ! カシュオン様のお小遣い程度で納得していただけますかなあ?」
「ゾルバも出すんだよっ! 聖杯は絶対に守らなきゃ……」
別段、邪魔というほどの存在ではないが、子どもの目線で相手をするのも面倒くさい。セリアスは肩を竦め、舌先三寸で定評のあるグウェノに助けを求めた。
「なんとかできないか?」
「任せとけって。イーニア、ちょっとこっちに」
「……はい?」
グウェノがイーニアにだけ耳打ちする。
「え? 私がお願いを……髪を? はあ、わかりました……」
改めてイーニアはカシュオンに向かい、前のめりになった。少年の顔を間近で覗き込みながら、耳周りの髪をかきあげる。
「あなた、私のことが嫌い?」
「エッ?」
抑揚のない淡々とした台詞だったが、初心な少年には効果てきめんだった。カシュオンはみるみる赤面し、開けっ放しの口をわななかせる。
「えええっ、えぇと! その、僕は……」
「だったら私たちと同盟、組んでくれますよね?」
「そそ、そりゃあもう!」
あっさりと同盟が成立した。
少年はセリアスたちに背を向け、ぎくしゃくとした調子で歩き出す。
「き、今日のところは見逃してあげましょう。かかっ、帰るよ! ゾルバ!」
緊張のあまり、右手と右足が同時に出てしまっていた。ゾルバは空気を読まず、豪快な大笑いとともに去っていく。
「それではわしもこれで。ハイン殿、また飲みましょうぞ!」
「はっはっは! もちろんですとも」
そんなコンビを指差しながら、イーニアは口元を引き攣らせた。
「あのぉ……カシュオンってどこか悪いんですか?」
「患ってるんだろう。色々な」
「あれで顔立ちはいいからなあ……もうちょい大きくなったら、化けるんじゃね?」
少年の恋の行方は、神のみぞ知る。
☆
城塞都市グランツへと帰還し、夕食のあと。リビングで剣の手入れをしていると、グウェノがイーニアとともに興奮気味に駆け込んできた。
「すげえぜ、セリアス! この地図はよ!」
「やはり地図だったか」
「そうだけど、そうじゃねえんだ! おーい! オッサンも来てくれ!」
ハインも揃ったところで、イーニアが石板を作動させる。
その隣でグウェノが広げたのは、未完成とされるフランドールの大穴の地図だった。山や湖の形や位置が、石板のものと一致している。
「大穴の地図か!」
「おうよ。この辺とか、まだ誰も行ったことがねえあたりだぜ? しかもほら、現在位置もわかんだよ。グランツはここだろ?」
この石板には大穴のありとあらゆる地形が浮かびあがっていたのだ。イーニアもいつになく高揚し、石板の映像に掛かっているもやを指差す。
「これは多分、雲なんです」
風下の廃墟のあたりは特に大きなもやで覆われていた。つまりこの石板があれば、大穴において、天候の予測さえ可能となる。
「こいつはでかいな」
「うむ! 急な大雨や嵐は回避できそうだ」
おまけに任意の場所を拡大して映すこともできた。そのうえ、これまでセリアスたちが踏破した場所は、すでに地図が完成している。
「コンパスを併用すりゃ、位置と方角はいつでも掴めるってわけさ」
これは探索のみならず、『生還』の確率を大幅に上げてくれた。道に迷って消耗し、遭難するような事態は避けられる。
「こいつがあれば、徘徊の森は突破できそうだな」
「おう! 次のターゲットは決まりだぜ」
セリアスたちはこの石板を『記憶地図』と呼ぶことに。
スタートは五年遅れでも、この日からセリアス団の快進撃が始まった。
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