第17話

 白金旅団の壊滅――その報は城塞都市グランツに激震を走らせた。王国調査団は無論、グランツの貴族や資産家らも対応に追われている。

 唯一の生還者は逃亡してしまったため、タブリス王国は捜索を断念した。

 しかも、奇しくもフランドール王国から『大穴から手を引け』と再三警告を受けていた矢先の出来事だったのだ。フランドール時代の『かの災厄』が再び引き起こされるような事態になれば、タブリス王国の国際的な権威は失墜を免れない。

 そのため本国では大穴の開発について、真っ二つに意見が割れた。軍部は兵力の増強を訴え、近隣諸国にも緊張が広がりつつある。

 城塞都市グランツは当面の秘境探索を禁止。スポンサーも二の足を踏んでおり、後ろ盾を失うパーティーまで出始めていた。ついには調査隊や軍、貴族らの間で責任の押しつけ合いにもなり、紛糾している。

 収拾の目処がつくまで、セリアスたちは屋敷で待機するほかなかった。

 グウェノが気怠そうに欠伸を噛む。

「ふあ~あ……もう起きてんのかよ、オッサン、セリアス?」

「グウェノ殿が遅いのだ。もう九時だぞ」

 ハインは庭の一部を改装し、トマトを栽培していた。セリアスは洗濯物を干しながら、青々とした空を仰ぐ。

「いい天気だな」

グウェノも同じ青空をぼんやりと眺めた。

「まあなあ……白金旅団の件で街が荒れまくってんのが、嘘みたいに清々しいぜ」

「午後は釣りでもせんか? 酒場の友人にいい場所を教えてもらってのう」

 コンパスに光が溜まったのだから、早く風下の廃墟に行きたい。しかし秘境への出入りが解禁されないことには、動きようもなかった。

「ごめんくださいな」

 誰かが屋敷を訪れ、鐘を鳴らす。

 グウェノは寝癖も直さず、迎えに出た。

「へいへーい! こんな朝っぱら、どこの暇人だよ? ったく……げ!」

 あとからセリアスも続いて、意外な客の来訪に驚く。

「マルグレーテ! イーニアもどうしたんだ?」

「うふふ、実はあなたたちとお話したいことがありまして。よろしいかしら」

 マルグレーテ=グレナーハ。城塞都市グランツの名士にして、セリアスにこの屋敷を融通してくれた、名うての若き当主である。今朝はイーニアも一緒だった。

「おはようございます、セリアス」

「ああ。立ち話もなんだ、あがってくれ。……あなたの家でもあるが」

「この物件はお譲りしましたのに。律儀なかたですのね」

 セリアスはふたりをリビングへと招き入れる。

「そ、そいじゃ、オレはお茶でも淹れてくっかなあ」

(……逃げたな)

 マルグレーテを『暇人』呼ばわりしてしまったグウェノは、いそいそと席を外した。入れ替わるようにハインが入ってきて、マルグレーテと挨拶を交わす。

「おお、マルグレーテ嬢であったか! ろくなもてなしもできず、かたじけない」

「よしなに。……グウェノさんを待ちましょうか」

 彼女はさっきの『暇人』発言でグウェノを面白半分に揺さぶるつもりらしい。セリアスはあえてフォローせず、お茶を待った。

「ど、どうぞ……」

「あら? ダージリンではないなんて……がっかりですわねえ、イーニア」

「ふふっ、マルグレーテさんったら。許してあげてください」

 すっかり青ざめているグウェノは放って、セリアスのほうから話を切り出す。

「……白金旅団の件、か?」

「いいえ。お話というのは別のことですの」

 マルグレーテはたおやかに微笑んだ。

「私、ぜひともセリアス団と契約を結びたいのです」

 グウェノがはっと顔をあげる。

「それって、オレたちのスポンサーになるってことか? ……いや、ことですか?」

「ええ。秘境探索のサポートをさせていただけましたら、と」

 中堅以上の冒険者パーティーには大抵、スポンサーがついていた。

 冒険者は城塞都市グランツで生活の基盤を築いたうえで、初めて秘境に挑むことができる。セリアスたちも当初は今より仕事をこなし、宿代などを稼いでいた。

 スポンサーがいれば、そういった生活費の工面からは解放される。同時に自前の資金は探索につぎ込めるため、成果も段違いとなった。

「メリットは多いと思いますけど。いかがかしら?」

「ふむ……」

 しかしセリアスは慎重に徹し、デメリットのほうに悩む。

 スポンサーがいては、探索の成果を逐一報告しなくてはならなかった。マンドレイクやシルバー鋼を獲得しても、その所有権はスポンサーのものとなる。

 かといって、下手に隠すのもまずい。契約の不履行として、これまでの援助金の返還を強要されたり、このグランツで信用をなくす恐れもあった。

 それだけならまだしも、コンパスや魔具について打ち明けるのは、気が引ける。

「すまないが、俺たちは自由にやりたいんだ」

「それで構いませんわ」

 セリアスは断るつもりで口を開いたものの、マルグレーテには一蹴されてしまった。

「探索で得たものを差し出せ、なんて言うつもりはありませんので。もちろん、のちの利益を見越してのことではありますけど……スポンサーの肩書が必要なんです、私」

 冒険者のスポンサーを務めることは、このグランツにおいて一種のステータスとなる。ジョージが躍起になっていたのも、貴族の沽券に関わるためだった。

 ところがグレナーハ家は名門にかかわらず、未だにどこの冒険者も支援していない。これでは発言力も弱く、城塞都市の運営には干渉できなかった。

 グウェノがようやく調子を取り戻す。

「でもよぉ、グレナーハ家だったら、冒険者もよりどりみどりでしょ? 逆に冒険者のほうからスポンサーになってくれって、話が来てたりするんじゃないですか?」

「拙僧も同感だ。われわれはグランツに来て、まだ日も浅い」

 かのグレナーハ家が支援するには、セリアス団は実績が低すぎた。新進気鋭のパーティーといえば聞こえはいいものの、せいぜい盗賊を捕まえた程度に過ぎない。

 セリアスも疑惑を拭いきれず、グウェノらと口を揃える。

「わざわざこの時期にというのも、わからないな」

 白金旅団の一件で、今はどこもスポンサーの新規契約どころではなかった。むしろ既存の契約について摩擦を生じ、足並みを乱してさえいる。昨日もあるスポンサーが冒険者にノルマを課していた問題で、ギルドが仲裁に入っていた。

 資源は欲しい。だが冒険されても困る。そんなスポンサーの本音が今回の件で剥き出しになり、冒険者らと軋轢を生じているのだ。

 それでもマルグレーテはしれっと言ってのける。

「今だからこそ、ですわ。この混乱に乗じてしまえば、グレナーハ家がセリアス団を選んだとしても、有耶無耶にできるでしょう?」

「まあ……な」

 前々からグレナーハ家の出資先は注目の的になっていた。それが新顔のセリアス団に決まったとしても、このタイミングなら話題にすらならないだろう。セリアス団にとっても無用な悪目立ちを避けられる。

「……話はわかった。だが、金だの利益だのでひとを信用できないことは、あなたもご存知のはずだ。あえて俺たちのパーティーを選んだ理由を聞かせて欲しいな」

 これはまさしくセリアスからの挑戦だった。

 冒険者との契約が出資者に利益をもたらすのは、当然のこと。しかしそれならセリアス団に固執せずとも、ほかに選択肢がある。それでもなおセリアス団でなくてはならないところに、マルグレーテの真意を感じた。

 マルグレーテが不敵に微笑む。

「あなたがたは白金旅団にないものをお持ちだからですわ」

「……それは?」

「生き延びる勘。特にリーダーのあなたには、心当たりがあるのでなくて……?」

 彼女の含みにぴんと来た。

(俺のことは調査済みというわけか)

現にセリアスは数ヶ月前、ソール王国の地下迷宮から奇跡的な脱出を果たしている。あのザザはグレナーハ家に雇われ、セリアス団を偵察していたのかもしれなかった。

そもそもマルグレーテはイーニアの保護者なのだから、コンパスや魔具のことを知っている可能性が高い。

「少し時間をくれないか。仲間と相談してから、返事を決めたい」

「もちろんでしてよ。急なお話ですものね」

 やがてマルグレーテは席を立ち、イーニアをこの場に残して去っていった。

 降って湧いたような話にセリアスたちは頭を悩ませる。

「受けちまってもよかったんじゃねえのか?」

「スポンサーがつくなんてことは、俺にも経験がないんだ。今後にも関わることだから、みんなの意見を聞いておきたくてな」

 ハインはマルグレーテの人柄に感心していた。

「マルグレーテ嬢は代理人をよこさず、自ら出張ってきたろう? 大事な商談は自分でやらなくては気が済まない、気高い人物に思える。ならば……」

「オレも賛成だぜ。いずれどっかと契約するんだ、グレナーハ家は上等じゃねえ?」

 マルグレーテほどの上流貴族からじきじきに誘われたのだ。これを無下にしては、彼女と契約できるチャンスは二度とないだろう。

「イーニアは彼女のところで世話になってるわけだからな。反対はできんか」

「はい。それにスポンサーとか、あまりわかりませんし……」

「あとでお前の先生とマルグレーテの関係だけ教えてくれ。……明日になったら、こっちから正式に返事に行くとするか」

 セリアスは腹を決め、メンバーのひとりに釘を刺した。

「ダージリンを忘れるなよ、グウェノ」

「んなもんグレナーハ邸に山ほどあんだろ……ハア」

 こうして翌日には、セリアス団とグレナーハ家の間で対等な契約が成立する。それは大したニュースにならず、冒険者たちは秘境開放の報せに胸を躍らせるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る