万死に値
「はぁ……しかし、気に入りませんなぁ」
「ははっ、仕方あるまいよ。
これも外交というものだ」
一人のや政治家の愚痴に、別の政治家が苦笑した。
このリストニアの隣国では、たった今、リストニアの援軍要請を受諾することにした。
誰だって、あんな主導者がいる国を助けたいとは思わないが、やはり、感情論だけでは政治は成り立たない。
が、しかし。
部屋の隅で受話器を取っていた秘書官が慌てた様子で叫んだ。
「た、大変です!」
「なんだね、騒々しい。
君は優秀だが、少し落ち着きがないぞ」
「落ち着いてなどいられません!
……トリスタン外交部が緊急声明を出しました!」
「は? それが我が国と何の関係が?」
「リストニアへと赴いたシルヴィア陛下が幽閉されている、と!
陛下の意見を尊重し、水面下で和平的解決を模索していたが、決裂!
……トリスタン王国は、リストニアに宣戦を布告すると!」
「なっ!?
中止だ……派遣は中止だ! 間違っても行かせるんじゃない!」
そういえば、うちの女王囚われてるんだった。
トリスタンは思い出したように、そんなことを言いだし、更に忘れていたかのように、宣戦を布告した。
それは、横暴なリストニア並みに傍迷惑な行為だったが……二つの国の国力は桁違いだった。
尚、和平的解決のための交渉など一切しておらず、これはただの嘘だ。
陛下の意思を尊重した……これは本当のことだ。
◇
その一方と、その余波は、あの舞踏会が行われた会館に募っていたリストニアの宰相たちにも伝わっていた。
「ホーネッツ人民共和国、自由スパーズが、我が国との国交断絶を宣言!」
「港から外国船が無許可で出航していきます!
灯台の観測員によると、軍艦が我が領海に更に近づいているということです!」
「さ、宰相!」
「ええい! うるさい!
貴様らがうかうかしているからだ!
おい、誰か、どうにかしろ!」
会議室内に怒鳴り散らすニムバスであったが、誰も挙手しようとはしない。
宰相を守りたいとは思わないし、この国を護りたいとも思ってない連中だ。
だが、こうして世界中から一気にそっぽを向かれるのは、誰にとっても想定外だった。
しかし、その時だった。
一人の男が手を挙げた。
「私に良い考えが」
「お前は……?」
その男はアリスの元部下だった。
アーゼン地区での任務中に行方不明になっていた彼。てっきり、死亡したとばかり思われていたのだが、なんとリストニア本国へ帰って来たのだ。
が、彼はアリスの所へは戻らずに、宰相の元へと現れたのだ。
そして、アリスの無能さがこの事態を招いた、宰相閣下はあの女を切り捨てるべきですと、宰相に吹き込んだのだ。
ニムバスはこんな下っ端の男の事なんてまるで知らなかったが、上司を馬鹿にしてでも、自分に進言しようとする姿をいたく気に入り、アリスの後任に任命しようとしていたのだ。
その例の男は、誰の許可も得ずに、受話器を取ると、何処かへと掛けた。
そして、たったの一言や二言を告げると、受話器を置いた。
「お、おい! お前、何を勝手に!
何処に誰に、なんと言ったのだ!?」
「ふっ、トリスタンの友人と話しただけですよ……港の監視員に確認を取ってください。
恐らく、トリスタンの進攻は止まったかと」
「……そ、その男の言うことは本当の様です。
軍艦の接近は止んだようです!」
「なんと……!?」
なんということだろう、奇跡が起きた。
よくわからないたかが一兵のお陰で、なんとか危機は去ってはいないが、止まった模様だ。
殺伐とした空間に、ほっと安堵したような空気が流れる。
丁度、その時だった。
「うっ!? な、なんだお前は!?」
年老いた閣僚が驚くのも無理はない。
突如、扉が開かれたと思ったら、そこには幽霊が立っていた。
いや、腕をぶらんとさせ、髪の毛もかき乱れてはいるが、それはアリスだった。
扉の先で無言で立ち尽くしている彼女に怒号を飛ばしたのは、ニムバスだった。
「お、おい、貴様!
シルヴィアはどうしたのだ!?」
「痛めつけましたが……息の根は完全に止めてはいません。
どうするかの、許可を、頂きに……」
その言葉を聞いて、会議室は更に安堵の雰囲気に包まれた。
完璧だったからだ。
此処で仮に殺していたら、この国を焦土からされてしまう。
だが、どういう状態かは知らないが、とりあえずシルヴィアには息があるようだ。
シルヴィアを幽閉していたのは、アリス・アイロット個人。
交渉の中、苛立ったアリスは思わずシルヴィアを傷つけてしまい、そのことを隠すために勝手な判断で幽閉していた……よって、リストニアが悪いのではなく、アリス個人が悪い。
かなり無理がある話だが、適当に謝罪して、重罪人であるアリスをトリスタンに引き渡せば、無理やり逃げ切れるかもしれない。
どっちにせよ、だ。
「ガハハハハハハ!
ほれ、みろ、私が正しいのだ!
ふんっ……アリスよ、ようやく役に立ったな。
では、さらばだ。
憲兵隊、重罪人を直ちに拘束せよ!」
「はっ!」
憲兵隊はアリスを取り囲む。
だが、彼らはアリスはこうなることを覚悟して、宰相の命を聞いたと思い込んでいるので、抵抗の意思はないと思っていた。
しかし、銃声がこだました。
硝煙昇る拳銃を片手に持っていたのは、アリス・アイロットだった。
「き、貴様、覚悟の上でやったのだろう!?
父の言うことが、君主の言うことが聞けないというのか――!?」
「父、君主……?
先程から意味不明なことをべらべらと、貴様は誰だ、私は貴様のことなど知らない。
私はアリス・アイロット、シルヴィア陛下に愛され、全身全霊でお仕えしてきた忠犬だ!
陛下に仇なすものは、万死に値する! 」
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