面白い男

「……こんなことになるとは……」


「予想の範疇だ。降伏を受け入れない敵将だなんて、珍しくもなんともない


 それに、言葉が通じない者だっているさ」


「しかし、アルフレッド大佐は愚かな指揮官ではない。

 この国の軍人なら誰もが知ってるような、由緒正しき軍人だ。

 そんな彼には、私の言葉は届かな……んっ!」


「喋ってると舌噛むぞ」


 現在、エミリーとジークが乗る装甲車と、アルフレッドが駆る戦車は絶賛カーチェイス中だ。

 この作戦の目標は進攻阻止だけではなく、戦車と兵の捕獲というのも含まれていた。追い込んで、追い込んで……その後に赦しのい言葉を与える。

 実際、これで残された兵と損傷したものの、修復可能な戦車を捕獲できた。

 しかしながら、指揮官アルフレッドはたった一人降伏に応じず、突如、猛追してきたのだ。

 囲まれた状態ながら、降伏した兵がいるので、撃てないという絶妙なタイミングで動き出したアルフレッド。

 ただ、当然、戦車には彼一人。砲は撃てずに、ただ操縦することしかできない。


 だが、その気迫はすさまじい。

 追いつけないと悟るといなや、側溝にキャタピラを引っかけ、キャタピラを取り外し、車輪での走行を始めたのだ。


「まずいぞ、ジーク少佐。

 このまま大通りを行けば、市民達が避難している場所までいってしまう。

 兵達に援護を頼むべきじゃ……」


「だが、さっき降伏した兵達がこの指揮官の意思に胸を動かされ、反旗を翻すかもしれない。

 その見張りは誰がやるんだ。

 ……それに、これは延長戦なんだよ」


「……? まずい!?」


 ジークの言葉の意味をただそうとした瞬間、アルフレッドの戦車が体当たりを敢行してきた。

 寸前で、ハンドルを握るジークの回避が間に合ったが、大通りから外れ、寂れた住宅街にある広場へと出た。それだけではない、どうやら装甲車のタイヤがパンクしたようだ。


 しゅるしゅると加速が鈍っていく、広場の入口出口は一つだけ、追い込まれたようだ。


「……追い詰められてしまった、か。

 踏みつぶされてしまうのも、時間の問題か、これは。でも、覚悟はできている。


 ただ、一つ、伝えたいことがあるんだ」


「ん?」


「んって……はは、本当に君は呑気だな。

 ただ、そういうところに救われ、惹かれたんだろうな、私は。


 聞いてくれ、ジーク少佐。君には他にも想っている人が居るんだろう、でも、私は、最期に……!」


「まぁ、待て。

 俺に綺麗な終わりは似合わない」


「えっ……? ジーク少佐!?」


 ジークはハンドルを横に切り、車をドリフトさせ、建物の壁に側面からぶつけ停車させながら、車外へと飛び出した。

 アルフレッドは、敵の指揮官であるエミリーが乗っている車両には目もくれずに、ジークをひき殺そうとした。

 生身のジークはそれを身体能力だけで、紙一重で回避した。


「……っ、くぅ、はぁ……ジーク少佐……少佐、今、私も……っ」


 ぶつかって停止した車両から出て来たエミリーは外傷こそは無かったが、体中にむち打ちの痛みが走り、暫く立てそうにはなかった。

 そんな彼女の眼前に広がるのは、無機質な寂れた広場で対峙する一人の男と、一台の戦車。

 さながら、それは闘牛だった。


 ◇


 キャタピラを捨て去ったことで、アルフレッドの戦車は身軽さを手に入れていた。

 そんな戦車の突進を避けることは、到底不可能なことだが……ジークは何度も回避して見せた。ジークの運動神経が常人の域を超えていることは明らかだ。


 が、ギシリという音が聞こえた。

 双方からだ。ジークの義足が過負荷で疲弊し、戦車もキャタピラ無しで走るという荒業に車輪が耐えかね始めたのだ。

 どちらとも長くはない。

 アルフレッドは無表情で、操縦席の細い覗き口からジークを見据え、ジークはその視線を真っ向から見据え、口角を上げた。


 それが合図だった。


 悲鳴のような音を立て、戦車は今までにない加速を見せた。戦車ごとジークをそのまま、壁に挟むつもりのようだ。

 ジークはそれを微動だにせず、まっすぐに見据えて、ただ待った。待って、待って、待って、待って、待って、待って――。


「ジーク少佐!

 死ぬな、ジーク!」





 絶叫。轟音。土煙。

 戦車は、猛スピードで建物の壁へと突っ込み、自らも残骸と土煙の中へと沈んだ。


 ◇


 アルフレッドは血みどろになっていた。

 激しい接触で、頭部をぶつけたらしく、これは致命的なようだ。

 そんな彼だったが、朧げな動作で、ハッチを開けた。

 すると、そこには、戦車をのぞき込むようにジークが立っていた。

 衝突の寸前、ジークは戦車の上に飛び乗っていたのだ。

 どうやら、殆ど無傷のようだ。


 だが、それを見ても、アルフレッドの表情筋が動くことは無かった。


「……ジーク・アルト」


「アルフレッド・ホンプスキー。

 懐かしい名前だ、リカール以来だな」


「貴様もだ。

 あの時から変わらない、敵のままだ。


 私は……お前が赦せない」


 アルフレッドはジークを見据えた。


「……何故、戦争を終わらせてしまった?

 生まれた時から一切の感情を持ち合わせていなかった私の……私達人間のなり損ないの唯一の魂の場所である戦争を、何故?」


「止まったからだ。

 俺は神じゃない、何にも手の内に収めたことは無い」


「いや、お前は戦争を終わらせた。


 続けられたのだ、我々は戦争を。

 あのまま続けていればよかった。

 例え、誰が終戦を宣言しても、あらゆる平和主義者から、支配者気取りの政治家から、知識人気取りの民から冷笑され、それでも、殺し合い続ければよかった。


 そして、死ぬことが出来たのなら、あのとき戦場を彷徨っていた魂はどれほど救われたか。


 あれだけ殺しておいて……死ぬのを恐れ、やめたのか?」


「いいや、違う」


「この歯車の街は、さぞかし憂鬱だっただろう。

 祖国が戦争を終わらせ、手に入れた平和だ。

 だが、今、この町は闘争に心を震わせている。


 そんな、正義の為に、戦争を終わらせたのか?」


 ジークは首を振って、薄い笑みを浮かべた。


「違うさ、何度も言うが、止まっただけだ。


 一瞬、針が止まっただけ。

 だが、また、すぐに動き始めた。

 

 皆、本当は戦争が好きなのさ。

 もちろん、俺もだ」


「……そうか、続ける気なのか。

 なら、良かった。


 良かった」


 そう言うと、アルフレッドはほんの数ミリだけ口角を上げ、ぱたりとハッチを閉めた。

 そして、中からくぐもった声が聞こえた。


「司令部、私が愛した祖国リストニアへ。

 私は朽ちるが、祖国は死なない。

 愛国者よ、立て。

 この地は全て我がリストニア王国の庭なり、この地を誰にも……渡しては、ならぬ」


 やがて、戦車の中から人の気配が消えた。


「なんてことだ。

 こいつ、戦争を煽って死にやがった。


 ……面白い奴だったじゃないか」



 瓦礫の中から這い出て来たジークを待っていたのは、俯いたエミリーだった。

 

 「リカール大隊……地獄の猟犬。

  ……強いわけだ、誰よりも」


 「なんだ、聞いていたのか。

  どう思おうが、どうしようが、好きにすればいい。正義の味方として、悪が赦せないのなら、正義で俺を貫けばいい」


 無言で、俯いたまま、ゆっくりと近づいたエミリーは、ジークの背中に手を回した。


 「あ……友に手を掛ける正義の味方が何処に居るというんだ?


  ただ、もし、私に対して負い目があるというのなら、せめて、私の前では死ぬな」


 「負い目は無い、約束はできないが……善処しよう。

  俺達は戦友だからな」


 ジークは彼女の腕をさり気ない動作でほどき、肩に手を置いた後、特に感傷を抱くことも無く、次の戦争にために歩き出した。

 エミリーを救った時のように、意気揚々と、堂々と。


 「ああ……戻ろう。


  ……成程、あのシルヴィア陛下も堕とされるわけだ」

  

  

 


 

  

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