赦せない男


 アーゼン地区の中央通りを戦車が爆走している。

 その路地脇に、一人の兵が身を潜めていた。

 こうして、戦車から身を隠していては、当然、戦車がいつくるのかという正確なタイミングは分からない。

 だが、兵士が見ていたのは向かいの集合住宅の一室だ。

 その一室に居たのは、例のマッチ売りの少女だった。彼女は戦車の死角である高層から路地をのぞき込んでいたのだ。そして、たった今、両手を兵士に向けて大きく振った。

 それが合図だった。


「ヨシ、今だ!」


「任せろ!」


 兵士が隠れていた路地は、一見、直ぐ行き止まりに見える。だが、壁の向こうから爆音がする。

 そう、行き止まりに見えた壁はカモフラージュ用の帆だ。そして、そこから飛び出て来たのは、特大のトラックだった。

 アクセルを踏みぬいたトラックが十分に加速すると、ドライバーを担当していた兵士が転がり落ち、脱出した。しかし、車はドライバーが居なくても、慣性の力で動き続けた。そして、その鉄の塊は、やがて現れた戦車のうちの一台に衝突した。

 幾ら戦車とはいえ、側面からトラックの突撃を受けてはひとたまりもなく、呆気なく横転した。


「上手く行ったぞ!

 我、奇襲に成功セリ、これより離脱する! 」


「軍人さん、こっちだ! 早く!」


「助かる! 」


 現地住民の力を借りた作戦は、多少の犠牲を払いながらも、着々と上手く行っていた。


 ◇


「駄目だ、う、うわあああああああ、あああ、ああ」


 無線機からまた断末魔が迸る。正確に言えば、最後の雄たけびはノイズによってかき消されている。だが、それが更に恐怖を増大させる。


「五号車、沈黙……」


「了解。

 速度を緩めるな」


 が、ただただ走り抜けるしかない。

 死の恐怖に負け、一度でも止まってしまえば、火炎瓶の嵐、どこからか湧いて来た兵達に群がられ、偶にはトラックが突っ込んでくる。

 それでも、彼らが全滅していないのは、奇襲や攻撃を受けてもひらひらとかわし、時には反撃を喰らわす冷血な指揮官、このアルフレッドという男が只者ではないということだろう。

 だが、延々と続く道なんてない。


 アーゼン地区の流通の要、大通りを四方に分割する大型交差点が見えて来た。

 しかし、彼らを通す気はなさそうだ。


「前方、大規模なバリケード!

 とても、越えられそうにありません!」


「了解」


「我々を包囲する気です!

 ……撤退するしか!」


「セルゲイ・シロトキン砲手。

 我々の背後には、何がある? 」


「わ、我が祖国であります」


「そういうことを聞いてない」


「ああ……撃破された友軍たちの残骸です」


「その通りだ。

 我らに、撤退の道はない。


 交差点の中央へ、残された車両で大概の背中をカバーするような円形の陣形を組み、砲撃戦を行う」


「畜生が!」


 ◇


 三方向を囲まれ、更には、先程まで戦車隊が進軍してきた道からわらわらと増援が集まって来た。

 エミリーが率いる……もっぱら、ジークの指揮下のアーゼン地区の兵達は作戦を上手く遂行した。

 徹底的に身を隠し、一撃を加え、即逃げる、リスクは負わない一撃離脱を繰り返し、敵の戦力が削いき、敵に選択肢を与えない、そういった作戦を、だ。


 ただ、この作戦には、というべきか、アーゼン軍には弱点があった。

 圧倒的兵力不足だ。所詮は、中隊と何処からともなく現れた誠実な仲間達、全部合わせても大隊規模に達するかどうか。それで相手をするのは、国一つだというのだから、無茶苦茶だ。

 今回だって、今でこそ戦車を取り囲んでいるが、そもそも碌な対戦車兵装なんてない。


 火炎瓶や手榴弾投射器による地味な攻撃、そんなアーゼンの兵を戦車の砲弾が襲う。

 だが、それが致命傷を与えることは無かった。

 砲弾の爆風が、分厚い鉄板に阻まれたからだ。


「……危なかった。

 流石、リストニアの工業地区、アーゼンの製鉄能力は伊達じゃない」


「何を言っているんだ!

 リストニアなんかのじゃない、俺達の国、アーゼンの工業力だろう!?」


 皮肉なことに嘲笑されてきた人々の技術と夢で勢いづくアーゼン、それとは反対にリストニアの兵達は絶望に沈んでいく。


<弾薬が残り数発です!>


「増援は来ないのか!?」


「司令部、応答を! 応答を!

 ……通信拒否されている!? 何故!?」


 もしも、この場にリストニア軍の増援が現れたら……だが、来ない。


 アーゼンの兵達が壁の向こうの連中と戦った時もそうだったが、増援は来ない。

 負け戦を更に負け戦にするかもしれないというリスク、、あの気まぐれな宰相が本当に戦果を認めてくれるか、誰かに手柄を横取りにされないか、etc……なら、彼らが勝手に死ねばいいじゃないか、という結論になるのだ。


 そして、遂に決着が着いた。


<三号車……弾がありません>


<四号車、砲が破損、発射できません!>


「大佐……これでは……」


「そうか」


 リストニアの戦車隊は全滅こそはしていないが、弾切れ、損傷で全車戦闘不能となった。

 だが、アルフレッドの表情筋は別に動いていなかった。


「総員、拳銃を取れ。

 これより、下車戦闘を……」


「待ってください、まだ戦うつもりですか!?

 いえ、もう、死は覚悟しました!

 ですが、蜂の巣になって死ねと!?」


「戦車が戦闘不能になったのなら、違う方法で戦う必要がある。

 教本にも書かれている」


「アルフレッド大佐、貴方は!

 いつだって、そうだ! 確かにこの戦闘でも可能な限り敵に損害を与えた! 貴方は優秀だ!

 だが、しかし、貴方は人の心を持っていない!」


「……だったら、なんだ?」


「っ!? アルフレッド、貴様!」


「止めてください、二人とも! こんな時に!

 ……こんな時……?」


 言い争いを止めようとした運転手の兵は首を傾げた。

 こんな時だというのに、銃声が止んでいたのだ。

 自分達は相も変わらず包囲されている。銃口だって向けられている。

 けれども、弾は飛んでこないのだ。


 ややあって、そんなアーゼンの兵達をかき分けて、一台の装甲車がゆっくりと現れた。

 そこに乗っていたのは、エミリーだった。

 リストニア兵が当初聞いていた情報だと、彼女が騒動の首謀者、倒すべき敵のはずなのだが、恐怖で荒んだ彼らにとって、彼女の姿は女神にも見えた。





「リストニアの兵士諸君、私はエミリーアイロットだ。

 我々の勝利だ。そして、君達の敗北だ。

 ……嘲笑しているつもりはない。難しい戦いだった、我々の勝利は兵、そして、民、皆でつかみ取った物だ。


 一方、君達に手を差し伸べるものはいなかった。

 しかし、君達は逃げずに懸命に戦った。一兵士として、誇りに思う。


 投降しろ、そして、同志となれ。

 リストニアは君達が命を尽くすような場所ではない」




<……っ>


 一人、また一人と戦車から降り、両手を上げた。

 隊長車も例外ではなく、運転手が降り、一考した砲手もハッチに手を掛けた。


「先ほどは無礼を働きました。

 大佐殿も、さぁ」


「……」


「大佐?……なっ!?」


 ハッチから半身飛び出した砲手を振り落とすように、アルフレッドは戦車を突然加速させた。

 やはり、今回もアルフレッドだけ見ている先が違った。

 装甲車のハッチに佇む美しい女性ではなく、運転席で真っ向からこちらをみていた男。

 ジーク・アルトを見据えていた。 



「私には赦せない男が居るのだ」

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