馬鹿真面目な愛国者

「ハハハ、それは実に良い気味だ!」


 ムシャ、ムシャと、行儀の悪い食べ方で口いっぱいにステーキを頬張っているのは、リストニアの宰相、ニムバスだ。

 談笑しながら、食卓を共にするのは、この国の重臣、名家に、資本家たち、ニムバスの愉快な仲間達だ。


「あ、あの、閣下。

 噂に聞いたのですが、アーゼン地区を進攻するというのは」


「当たり前だ!

 この私を侮辱してタダで済むと思うな、身の程を分からせてやる!」


「ごもっともであります!

 自分達が特別な存在だと思いあがった人間ほど厄介なものはありませんからな!


 ……それで、焦土化するまでするのでしょうか」


「はっ、やはり、貴様は馬鹿だな!

 焦土化したら、せっかく建てた工場が台無しになるだろうが!


 反逆者共は血祭りにあげる、だが、工場は残したままにする!」


「お、おお、なんと、賢明な!」


 ニムバスは豪快に笑う。

 確かに、今彼は酒に酔っている。しかし、平時でもこの横暴で、考え無しという本性は変わらない。

 なら、何故、こんな男が国を治めているのかというと。


 もともと、アイロット家は古くからの名家だった。

 その長男であるニムバスはとても横暴で、政治家になってからも極端な主張を唱えてばかりだった。

 だがしかし、その主張は、突如始まった混沌の時代において、ニムバスの強硬的な主張は奇跡的にマッチした。


 始めは、この男に危機感を抱く者は少なくなかったが、こう考えるものも居た。

 適当におだてて居れば、富を分けてくれるような男なのだから、いっそこの男を立ててみるかと。

 そして、おこぼれの富をもらうために友人たちが担ぎ上げた結果がこれなのだ。


 そんな友人達でも突如、シルヴィアを拉致、監禁したのには肝が冷えたが……何故だか、トリスタンはいまだに何も言ってこない。

 案外、トリスタンは見栄を取り繕っているだけで、見栄を張りたがるお花畑の女王は邪魔だったのかもしれない。

 もしかすると、このまま、奇跡が連続し、リストニアが世界の覇権を握るかもしれない。

 そうでなくとも、最悪はニムバスか、馬鹿真面目な愛国者たちに責任を押し付けて逃げてしまおうとも考えていた。


「閣下はやはり秀でていらっしゃる。


 そんなに閣下にこそ、ゆっくりお休みしていただく別荘が必要かと。

 どうです、我が社に任せてはみませんか」


「いえいえ、我が社の建築の方が」


「そんなことよりも、アーゼン地区の進攻では、ぜひとも我が部下を。彼らは皆愛国者で……」



 だが、奇跡は安売りはしていなかった。




 ◇


 霧が出る朝だった。

 そして、いくぶんだらだらとした日々が過ぎ、決戦の日がやってきた。


 霧に包まれる王都とアーゼン地区を結ぶ大橋、その王都側に、20台程度の戦車が並んでいた。


 その先頭車両、すなわち指揮車にはとある人物が居た。


「アルフレッド大佐、全車準備完了したようです。

 宰相閣下からの作戦停止命令はありません、あとは大佐の指示だけです」


「……」


 アルフレッドと呼ばれた男は、部下の問いかけに無言で頷いた。

 彫の深い顔立ち、ただ遺伝のせいでそうなったのではなく、過酷な状況に置かれた過去で負った疲労のせいでもあるようだ。


「大佐殿……本当によろしいのでしょうか、これで。

 宰相閣下を一概に非難するつもりはありません、こういうのを放置すると後々厄介になる。

 いきなり力で解決するだなんて……。

  アーゼン地区については、どうお考えですか、アルフレッド大佐?」


「……」


<ブラッドリー、今回の戦いでは昇進が狙えるかな?>


<もちろん、私は狙っていますよ。

 鴨撃ちで、昇進が狙えるというのなら、狙わぬ手はありませんよ>


「……っ、なんです、あの出世の為にあつまってきたアマチュア集団は!?」


 青年兵の言う通り、戦車隊の中には出世の為にねじ込んで来た練度の低い部隊が混じりこんでいた。

 最初は緊張感のある任務だったのに、これでは台無しだ。

 だが、アルフレッドは鉄仮面のような表情をピクリとも動かさなかった。


「……」


「アルフレッド大佐、何かおっしゃってください!

 自分は、あなたが政界に出ることを期待していました。

 ですが、政界どころか、このブリキ缶のような戦車の中に留まり続けている。


 何故です、あなたはあの忌まわしき戦いで生還した愛国者だというのに!

 あの忌まわしい地での戦いを忘れ――」


<何をしているのだ、何故、命令を下さん、アルフレッド大佐。

 臆病者に勲章は渡さん。


 アズラエル隊、進め! 身の程知らず共に向け、いざ、突撃だ!>


 例のアマチュア集団の一つが、勝手に橋を渡りだした。

 だが、その部隊が霧の向こうに消えて行っても、アルフレッドは表情を変えなかった。


「おい!

 奴らは命令すら待てないのか、軍人として信じられない!

 大佐、追わないのですか?

 何を考えて――」


「静かに」


 やっと、アルフレッドが言葉を発した次の瞬間、橋の向こうから爆発音のようなものが聞こえた。


「……ア、アズラエル隊、応答ありません。

 これは、抵抗を受けた。ということでしょうか?」


「抵抗、ではない。


 これは、闘争だ。


 我々を遠ざけたいのだったら、橋を堕とすはずだ。

 だが、しなかった。

 それは、奴らはこの橋を後の進攻ルートと見ているということだ。


 アズラエル隊のお陰で、初弾は受けずに済んだ。


 戦車隊、前進」


「りょ、了解!

 ……大佐殿!?」


 ドライバー席に座る部下は驚いた。

 いきなりアルフレッドがハッチを開け、空を仰ぎ見るという謎の行為に及んだからだ。

 だが、うるさいエンジン音のせいで、そのつぶやきは聞こえなかった。




「この霧。


 リカールでの戦いを思い出す」


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