何故、鳴くの

「ざっけんじゃねぇぞ! 」


 暗い部屋の中、酒瓶が割れる音が響き渡る。

 酒の匂いがプンプンと漂い、ところどころ前歯が抜けている上半身半裸の不健康そうな姿の男。これがマッチ売りの少女の父だ。

 栗色の髪はところどころ傷んでいるが、マッチ売りの少女は間違いなく可愛らしい少女だ。となれば、この父容姿も悪くは無かったのだろうが、今は見る影もない。


 そんな男に対し、少女はジークが居れば、勇気が出るという理由から真っ向を切って絶縁を宣言したのだ。


「ごめんなさい、さようなら」と、平和的かつ、最後に残された僅かな愛の言葉と共に。

 しかし、男には響かなかったようだ。


「俺が居なかったら、てめぇは生まれてこなかったんだぞ!?

 恩知らずなカスが、あのクソ女に似たのか! ああん!?」


「お、お母さんのことわるくいわないで!」


「うるせぇ、黙りやがれ!


 おい、正義の味方ぶってる軍人……てめぇら、もてはやされてるらしいが、俺はちげぇぞ。

 そもそも、てめぇらが偉そうにしてるのが気に食わねぇ!

 俺だったら、こんな国の犬になるくらいだったら首をつってるぜ。

 プライドはねぇのかよ!」


「だから、仕事もしないと。

 はっ、皮肉だな、誰の犬にもならないために、こうなったのに、その住処が犬小屋みたいなぼろ小屋とはな」


「っ、ぶっ殺すぞ!


 俺だって好きでやってんじゃねぇよ! この国が悪いんだよ!

 ああ、トリスタンなんかに産まれてみたかったなぁ!

 あの国は何でもそろってる。はん、しかも、小娘が女王様になれるだなんて、どれだけイージーな国だよ!

 ああいうのを先進国って言うんだろうな、リストニアとかいうクソ衰退国と違ってな!


 だから、てめぇらみたいにどうせ失敗するのに、頑張ろうとしてるやつ見ると、滑稽すぎてムカつくんだよ!」


 男は口々と不満を並べたてる。

 それに比例するように、ジークの表情もつまらなげになっていく。この状況がつまらないのではなくて、どうやらこの男に全く面白みを感じられなかったようだ。

 悲惨な過去も無ければ、立ち上がろうとする意思もない、出てくるのは、国・人・世界に対する不満ばかり、この男には申し訳ないが、物語の主人公の器では無いのは確かだ。

 だが、ジークは突如として笑みを漏らした。


「あ? 何が可笑しい!?


 ……わかった、いいだろう。そいつを自由にしてやってもいい。

 だが、条件がある!

 100万リスを寄こせ、そしたら、親権を手放してやるよ!」


「そ、そんな、お金……!」


 この国の労働階級からすれば、普通に大金だ。

 あどけない顔立ちにに絶望を浮かべる少女。

 ……もっとも、このアーゼン地区で裁判所とかが機能しているかというとそうでもないので、勝手に逃げればいいだけなのだが、この幼い少女には理解できないのかもしれない。

 それとも、ただ単純に親子より愛を優先されたことに絶望しているのかもしれない。


 すると、ジークは外套の内ポケットに手を突っ込んだ。


「は、まさか、今持ってるとでも?

 100万だからな、足りねぇとか話にならないぞ」


「心配するな。

 まぁきけよ、俺の持ってる奴は特注品なんだ。


 いや、俺はただ作るのが面倒だったから、適当なのを頼んだんだが、何故だか女王さまは世界中からスペシャリストを集めて、最高傑作を作り上げたんだ。

 最高精度かつ、シンプル、一度も壊れたことが無い。それに実用的な一品だ」


「はぁ? 何言ってやがる、いいから金!」


「いやいや、金で会買えないものだってあるさ。

 大勢の人間が体験できない物がある、それをプレゼントしようと」


「何を意味不明なことを!

 ……おい、愛とか言ったらぶち殺すぞ」


 男の目がギラリと光り、椅子を引き倒しながら立ち上がった。

 少女はびくりと身体を震わせた。

 だが、次の瞬間、少女は体験したことのないような寒気を感じた。


 少女の隣で、ジークの眼光がかっぴらいていたからだ。

 とても愉快そうに。

 そして、内ポケットから、黒光りするモノを取り出した。


「愛なんて知らない。

 俺がやるのはこれだ。


 トリスタン製、SZE-03、特殊消音拳銃。

 100m以内なら軍用アーマープレートをも引き裂くスチールコアを内蔵した高威力高貫通力の弾丸を使える唯一の拳銃だ。問題は、その特別に職人の手で作られる弾薬がとてつもなく高いってことだな。

 それこそ、3弾倉で100万は下らない。


 それを、プレゼント・フォー・ユーってわけだ」


「お、おい、待て! 

 俺を撃つのか、ざけんな、俺より酷い奴なんていっぱいいるだろ!


 おい、おい! 止めろ!」


「いやいや、遠慮するなよ」


 ははは、と笑いながら、ジークは少女の了承も得ずにそれを乱射した。

 贅沢な拳銃の性能は確からしい。殆ど音もなく、パシュ、パシュと軽快な射撃を繰り返す。

 そして、薄暗い部屋は血の噴水で賑やかになった。


 少女は、震えながらその光景を見ていたものの、やがてぽつりとつぶやいた。


「……きれい」


「変な感想を思いつく奴だな。

 だが、面白い奴だ。

 その感性を無くすな、子ウサギだって耳は人間より敏感だ。役に立つ。

 エミリーには伝えておこう、上手く転がり込めよ。

 よかったな、上手く行けば、新生アーゼン軍の次期諜報要員だ」


「……?」


「まぁ、これからはマッチを擦るよりも楽しいことが出来るってことだ。


 ふむ……なんだか、次は本当に腹が減って来た。

 飯でも行くか、この地区民最後の晩餐かもしれないんだ、盛大におごってやるよ」


「う、うんっ!」


 ジークは、部屋に置かれていた粗末な金庫から、少女が必死にかき集めて来た僅かな金を根こそぎとり、それを少女のポケットに突っ込むと、男には目もくれずに立ち去った。

 狭い集合住宅の通路の手すりには、カラスが止まっていた。

 その横をジークが通り過ぎた時、カラスはカァと一声鳴き、飛び去って行った。


「俺に報いあれとでも言いたいのか……失礼な畜生め」


「なんで、カラスさんは鳴いたの?」


「知るか、カラスの勝手だ。

 にしても、腹が減った」

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