教導開始

「紹介が遅れて申し訳なかった。

 彼は、ジーク・アルト少佐だ!

 栄えあるトリスタン王国から来られた武官ではあるが、事情があり、我が隊の臨時要員となった。


 しかしながら、彼の実力、そして軍人としての志は素晴らしく、我が隊の技術向上の為なら、努力を惜しまないと申してくれた。

 知っての通り、私の命の恩人でもある。

 従って、私は彼に指揮官として、訓練の指揮をお願いしたいと思う」


 マッチポンプ事件の翌朝、エミリーは部下たちを集めると、ジークの紹介をした。

 謎の男の正体が、大国から来た士官だと判明すると、兵士達からはどよめきが上がった。

 そして、一人の男は怒りの声を上げた。

 よく見てみれば、彼はジークに瞬殺された男のようだ。


「待ってください、隊長!

 何処の馬の骨かも分からないような奴に指揮を任せるなど……いつもの堅実な隊長らしくありません! 

 先日の突然の奇行と言い、こんな怪しいに……どうしたのです、一体!? 」


「黙れ」


 エミリーがそう短く告げると、その男は思わず押し黙った。

 可憐な彼女だが、マスコットキャラとして隊長となれたわけでは無いようだ。以前と比べて、生気を取り戻した彼女が睨みを利かすと、流石の男も怯えてしまったようだ。

 だが、声を小さくしながらも食い下がった。


「だって、そうでしょう!?

 明らかに不自然だ!

 隊長ともあろう方が、あっさりと捕まるのも可笑しいし、それをたった一人で救出したなんてとてもじゃないが信じられない!

 それにトリスタンの士官だなんて……嘘臭い!

 裏で、この国に何かをしているんじゃないか! あまりにも不自然だらけだ!


 私にはその男が悪魔のように見える!」



 筋肉質でたくましい男だが、どうやら感がさえわたっているようだ。

 だが、ジークはどこ吹く風と言わんばかりに、演習場を眺めまわしていた。


「……身勝手な行動については謝罪する。全ては私の精神的な問題が引き起こしたものだ。

 非は私にある。

 だから、彼に対する侮辱は許さない」


「しかし、私は納得が行きま――!」


「どういうところが?

 何に納得が行かないんだ? 」


 ここにきて、張本人であるジークが割って入って来た。


「と、当然だ!

 我々はリストニアの兵士だ! 

 皆が、共に苦しい訓練課程を経て、こうして切磋琢磨しながら様々な困難を乗り越えて来た!


 それに、私は士官学校でトップクラスの成績を収めてきた男だ」


「……どうも若々しくは見えないが、随分と昔の話をなさるんだな。

 まぁいい。それより、苦しい訓練課程をやってきて、その肉体を作り上げたのは大変ご苦労だったが、もう少しクイックネスと頭をつかった格闘を心掛けた方が良いな」


「だ、黙れ! 論点を逸らすな。


 偶然が重なっただけだ、あれは、隊長の件も――それに、もっと穏便で、スマートなやり方があった筈だ、あんな遺恨を残すやり方! あれではお前の実力は認められない! 」


「いい加減にしないか、なんて情けない!」


 結局、男の言いたいことは最後の認められないの一言なのだろう。

 演習場をぐるりと見渡していたジークはやっとここで、兵達の方を向いた。

 男の意見に同情するものが数名、困惑するもの大勢、逆に男の嫉妬のような女々しい言動に反感を覚えているものも少なからずいた。


 それを確認したジークは、ホルスターからするりと拳銃を抜け取ると……誰かがそれを察知する前に、男の方に向けて発砲した。

 発射された銃弾は、尚も喚き立てる男のこめかみをそうように、そして何本かの髪の毛を掻っ攫い、最後に演習場の奥に放置されていたボロボロの人型標的の頭部に命中した。






 100点だ。




「!?・・・・・う、うわ、うわああああ!」


 一拍して、事態を把握して、悲鳴を上げる男と、同じようにどよめきの声を上げる周囲の兵達。


「我ながら中々な腕だと思うけどな、それでも認められないのは残念だ。

 だが、残念ながら俺にはこれしかないから、どうしようもない」


「き、貴様、こ、こんなもの軍法会議ものだぞ!」


「そうか、確かに。

 だったら、うちの姫様ごとトリスタンの軍事裁判所まで連れて帰ってくれよ」


「言っている意味が分からない!

 もういい、隊長、こいつを追放してください!……隊長! 」


 男の必死の説得、だが、エミリーは決して首を縦に振らず、ただただ無言で冷めた目で男を見続けるだけだった。


「……っ!

 もういい、貴女も堕ちたものだ。こんな男に腑抜けにされるとは。

 失望した。貴女に本国に居場所はないかもしれないが、私にはある。

 同情でずっとこんなゴミ溜めに居たが……もう耐えられない!」


 かくして、男と何名かは演習場から去っていった。

 他の者達も困惑しながら、顔を見合わせるが……結局はその場に踏みとどまった。

 此処がこれほどまで滅茶苦茶になったとしても、どうしようもない程に本当に行き先が無いのだろう。


 そんな彼らに向けて、ジークは初の命令を下した。


「10名の射撃分隊を編成しろ。

 今から、その射撃分隊ごとに一つの標的グループに対して、15:00まで伏せた状態での射撃訓練を行え。

 どういう撃ち方をしたかは、あとで的を見ればわかる。……訓練の態度もな。


 以上だ、取り掛かれ」


「は、はっ!」


 この男に逆らうとまずい、ついさっきそれを目撃した兵達は一斉に訓練へと取り掛かった。


「さて……とりあえずはこれでいいか」


「……凄いことをするな、君は」


「ん? そうか?

 悪いが、苦情なら聞くが、受付はしないと思うぞ。

 俺は此処の指揮官だからな。


 それに言うじゃないか、弱者不要だって」


「ん……どこかで聞いた懐かしい言葉だな。

 いや、私だって一人の軍人だ。二言は無いさ。

 それに……いつも口だけは達者な男だった。正直、すっきりしたよ。

 ……それで、私たちは訓練を見守るのか?」



「いや、準備がある」


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