マッチポンプ事件 12/29

申し訳ありません。

話の挿入ミスを犯しました。

本来であれば、79話目「タップダンス」と80話目「教導開始」の間に入る話でした。


本当に申し訳ありませんでした。



「た、隊長、何処へ?」


「いや、ちょっと風に当たってくるだけだ」


 騒動の翌日の夜、一日近く泥のように眠っていたエミリーが目を覚まし、何処か居心地の悪そうな部下の言葉を適当に返し、夜の町並みへと繰り出した。

 ふらふら、まるで迷子になる寸前の幼女のように、どこか気の抜けたとろんとした顔で当てもなく歩いていたエミリーだったが、ある人影を見た瞬間、一気に顔を明るくした。


「……ジーク少佐、此処に居たのか!」


「ああ、どうも、基地の人間は俺を避けているらしい」


「そ、そうか、すまない。あんなことがあったばかりだから、部下たちにちゃんと紹介も出来ていないんだ」


「いや、いいさ。

 厄介者はこっちだ。

 それでももし、詫びがしたいって言うのなら、少し散歩に付き合ってくれ」


「も、もちろん、私でいいのなら!」


 彼女の様子はまるで、飼い主に散歩に連れ出される子犬のようだ。

 白馬の王子様というより骸骨馬のドラキュラ公の救出劇だったが、劇的な救出劇には変わりない。

 エミリーにはあまり自覚は無いが、内面ではジークに対し特別な感情を抱き始めているのだ。


「これは只の私の推測なんだが、君は私より年下だろう?

 私が25だから……」


「悪い、俺は自分の年を詳しくは知らないんだ。

 ある日、突然、制服を着せられ、お前は今日から15歳だって言われた。

 知っているのは、そっから積み上げた仮初の数字だけだ」


「……?

 よくわからない……」


「リカール・ジョークだ。気にするな」


 取り留めない会話をしながら、月夜の街を歩く。


「……静かだな、昨日の件で外出禁止令でも出ているのか?」


「いや、そういえば、伝えてなかったな。

 このアーゼン地区では、22時以降の外出は当局への申請が必要なんだ」


「まさに、働き蟻の巣だな」


「止してくれ。 私だって、こんな国民を閉じ込めるような政策は好きじゃないんだ」


「とはいえ、決められたルールはルールだ。

 此処に違反者が一人」


 ジークは突然、歩道の脇の暗い薄暗い路地へと入った。

 そして、暗闇から何かが入ったカゴを抱えた幼女を片手で持ち上げて戻って来た。


「け、気配で察したのか……?


 いや、それよりも……君、何をしていたんだ?

 夜は出歩いちゃいけないって、ご両親から聞いていないのか?」


 エミリーは、幼女の視線の高さに背を合わせ、そう問いかける。

 けれども、聞かなくても、大体予想は付いていた。


「だ、だって……マッチがたくさん売らないと、お父さんが家に入れてくれないの……」


「……マッチ売りか。

 やっぱりか、分かっていても嫌になるな」


「子供の労働についての法律は無いのか、この国には」


「宰相閣下は……いや、あの男は利益が自分の所に回ってくればどうでもいいのさ。


 だから、この娘の両親を咎める権利は私には無い。

 だが、軍務の治安維持活動として……この娘に帰るように伝えなければならない」


 エミリーが苦渋の表情で、震える幼女に厳しい態度を取ろうとした。

 だが、その行動を手で制してジークは、幼女に尋ねた。


「マッチひと箱で幾らだ」


「100リス……なの」


「一つ貰う、細かいのは無いし、あっても邪魔だから釣りは要らない。

 これで親父を黙らせてこい」


 幼女は、ジークから手渡された10000の数字が書かれた紙幣を震える手で掴んだ。

 そして、ぎこちなくお辞儀をすると、走って暗闇の中に消えていった。


「……優しいな、君は」


「いや、本当に優しい勇者様なら、父親をボコボコにして、此処のガキ共全員を救える凄い世界を作り出すさ。

 そもそも、俺はマッチが欲しかっただけだ」


「ふふ、謙遜は要らないよ。

 ただ……その優しい勇者になりたかったんだ、私は」


「というと」


「聞いてくれるのか……。


 私は昔ながらの騎士物語の主人公に憧れ、軍人となった。

 だが、現実は違った。

 表立っては言わないが、国民は私達のことを憎んでいるし、怖がっている。

 上の参謀たちは、私達をただの駒だと思い込み、敬意も無く好き勝手に無謀な命令を出してくる。


 誰も認めてはくれない、誰も味方がいない、苦しくて仕方ないよ。


 そんな今でも、闇雲に英雄の真似ごとをすれば、私達のことを誰かが認めてくれると思ったんだ」



「当然だ。


 とはいえ、気に喰わない……だから」



「だから……?


 ちょっと待て! ジーク少佐、何をしているんだ!?」


 静かに語り合っていた二人だったが、ジークのある行動に気づき、エミリーは声を荒げた。

 ジークはマッチに火をつけると、それを歩道の並木へと放ったのだ。

 当然、火は幹に燃え移り、めらめらと燃えていく。

 エミリーは慌てて、自身のコートで煽って消火しようとした。


「……何の音だ……?

 お、おい! 火事じゃないのか!?」


「大変だ!」


 高層住宅の住人達も、火の手に気づいたようだ。

 そのタイミングを見計らったように、ジークも消火活動に参加した。

 燃え広がる前だったこともあり、ボヤで済んだ。


 すると、ジークは打って変わって、真面目な好青年風の良く通る声で野次馬たちにこう告げた。


「ご安心ください!

 火は消えました!」


 火が消えたことに対し、ほっとするような溜息があちらこちらから上がる。

 それに混じって、幾つか、ありがとう軍人さんという感謝の声も上がった。

 エミリーは誰にも聞こえぬように声を押し殺しつつも、ジークを問い詰めた。


「ジーク少佐、今のは一体何の……!?」


「よかったな、一瞬だけだったが、主人公だったぞ。


 誰でも活字を読めるような今のこの世界、どいつもこいつも自分が賢い知識人だと思い込んでいる。

 だが、それ故に危機が身に迫らなければ、危険が理解できないほどまでに人間は退化してしまった。

 生存本能を忘れ、すやすやとおねんねしている奴には、枕元でのトリガーハッピーに限る。


 ……まぁ、マッチポンプって奴だよ」


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