社交
「本日の我々の任務は、この国を護る防護壁の内部でのパトロールだ!
確かに、外からは、この壁の中は目には見えない、従って、我々に称賛の言葉は殆どない。
だが、それは我々の働きによって、この国の人々が安全に暮らせているという証拠だ! 」
翌日の朝、壁際の都市、アーゼン市の軍事基地では、部隊長エミリー・アイロットが部下に向けての演説を行っていた。
疲労の色を何とか隠し、時折、黒髪を振り回しながら、演説する女性士官は中々に迫力があったが……これまた、疲労が蓄積している部下たちの心に届いていないようだ。
彼女に不満や怒りがあるという訳では無く、ただただ自分達の置かれている現状に失望しているのだろう。
と、エミリーの後ろで目立たないようにしているジークはそう考えた。
そんな連中も大隊には居た。だが、こういう真面目な連中だけではあれ程の狂気の大隊を作り上げることはできないだろう。
「どうした、ジーク少佐。
やはり、気が進まないのか?」
「……?」
ジークがふと、我に返ると、エミリーがジークの顔を心配そうにのぞき込んでいた。
演説が終わったことに、ジークは気が付かなかったのだ。
ジークは何でもないと、顔を背けると、一人首を振り、失笑した。
まさか、あの大隊が恋しいのか、あんなろくでなしの集まりが、と。
そして、ジークは自分の手が震えていることに気が付いた。
今から、過激なテロリストがいる壁の中に行くことの恐怖を感じているから、そんなわけが無い。ただただ単純に、犬畜生のように、我慢できないだけなのだ。
もっと大きな戦争が、戦争がやりたくてたまらない。
◇
その一方で、少しだけ時間を戻す。
此処はリストニア王国の首都、そのまま首都リストニア。
そこには古くから存在する高い塔があった。
王国時代、この塔は軟禁に使われていたのだが、それは今でも同じだ。
この塔の最上階に、シルヴィアと、エリーは連れて行かれていたのだ。
流石に身分的な問題で、ジーク見たく、豚の出荷のような扱いはできないため、女性士官が連れて来た。
ただ、この女はただの兵という訳ではない。
シルヴィアは、この連れて来た女性士官に抗議を行った。
「これは国際問題です!
トリスタン王国として、貴国の横暴に抗議いたします!」
「はい、宰相にはお伝えさせていただきます。
自己紹介をさせて頂きます。
陛下との交渉を担当させていただく、アリス・アイロット大佐です。
以後、お見知りおきを」
「……アイロット?」
「ええ、我が国の宰相は私の父でございます」
リストニアが送り込んだ刺客は、これまた宰相の血縁者だった。
交渉人アリスは、すらりとした美女だった。
洒落色の無い眼鏡は、逆にアリスの美貌をよりシャープに表現させている。だが、その分、相手を怖気させるような雰囲気がある。
その雰囲気を武器に、アリスは、シルヴィアに有無を言わせる前に、机に大量の書類を置いた。
「陛下もお疲れでしょう。
話し合いは後日行います、扉の向こうに兵を立たしておきますので、用件があれば、彼らに」
「待ってください」
だが、扉の向こうに消えて行こうよするシルヴィアは食い下がった。
此処まで、無表情を貫いていたアリスも、流石に驚いたように、シルヴィアを振り返った。
二人の視線が、重なり合う。
争いは場所を選ばない。
「この交渉がまとまれば、ジークさん、いえ、ジーク少佐を無事に私の元に返してくれるんですね?」
「……嵐が止めば、そうなることでしょう」
あくまで、ジークの解放のことについて、明言はしないアリス。
実際、アリスはジークのことなんて計算外、彼女の仕事はシルヴィアとの交渉なのだ。
時間が止まったように、二人の視線は重なったまま。
アリスはシルヴィアの藍色の瞳の前に、息が出来ない程の心拍数の上昇を感じ、たまらず視線を外そうとした。
だが、その前にシルヴィアが視線を下に落とした。
アリスは、先程まで感じていた圧迫感に動揺しながらも、この心のぶつかり合いに、勝ったことを確信した。
「その嵐は……いつ、過ぎるのですか」
「聡明な陛下ならば、お分かりかと。それでは」
アリスは次こそ、部屋から出た。
だが、シルヴィアは負けを認めたわけでは無かった。
扉が閉じる直前、最後の一撃を加えた。
「いいえ、私が言っているのは、貴女を蝕み続けている嵐ですよ」
「……は?」
思わず、発したアリスの疑問符。
しかし、慣性で既に扉は閉ざされてしまった。
今更、真意を聞きに戻るのもおかしな話だ。
所詮、小娘の浅知恵だ。きっと適当なことを言って動揺させようとしたに違いない。そう、一笑に付そうとしたのだが……アリスの心臓はバクバクと早い鼓動を続けるばかりだった。
◇
一方、本来怯え、苦しむ立場である筈のシルヴィアと、同じく、先程まで空気だったエリーはあろうことか、用意された部屋で、フォークダンスを踊っていた。
理由は単純、エリーがいつかジークと踊ってみたいと言ったから、シルヴィアが教えてあげていたのだ。
「1、2、3……此処でターンです」
「流石! 本当に上手だね!」
「ええ、昔から、お父様やお母様に教わった居たので、ダンスには自信があるんです。これに限っては、ジークさんにも負けませんよ」
「あはは、ジーク君は別に完璧じゃないよ、戦争が起きるとすぐに飛び込んでいくし、女たらしだし……偶に、良く分からないこと言い出すし。
……それで、さっきの怖い人ととも踊ってあげるの?」
「ふふっ、彼女はそんなに怖くありませんよ。
私には、ジークさんみたいに、掌の上で誰かを躍らせるなんてできません。
……精々、誰かの手を取って、一緒に踊ることぐらいしか。
でも、一度掴んだら、もう離しません。
さぁ、もう一度、踊りましょうか?」
「うんっ」
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