回り続けるマチ
蛙鳴未明
回り続けるマチ
太陽の光を浴びて真っ白に輝く超高層ビル群。その最も高いビルの一室で、一人の男が外を眺めていた。ノックの音が響く。
「入りたまえ」
扉を開けて入ってきたのは、パリッとしたスーツに身を包んだ男。
「社長、お呼びでしょうか」
「ああ秘書君か」
社長と呼ばれた男は室内に振り返った。酒瓶の乗ったテーブルを示す。
「まあ座りたまえ」
「何を眺めてらしたのですか」
座りつつ秘書が聞いた。社長は二つのグラスに酒を注ぎながら答える。
「なに、山とジャングル、それだけだよ。随分苦労したなと思ってね」
社長は酒が並々と注がれたグラスを秘書にわたす。秘書はグラスに口をつけ、息をつく。
「そうですね……苦労しました」
社長は一気にグラス半分ほども飲み干して、しみじみと言った。
「本当に、な」
「失礼ながら、私は社長がこの土地を一緒に買おうと言い出した時、正気を疑ってしまいました」
「そうだろうな。私も立場が逆ならそうだったろうよ……私なら君が正気じゃないと決めつけてその場から逃げ出してしまうだろう。だが君はそうしなかった」
「なんででしょうか。魔が差したんでしょうかね。この人の夢を叶えたいと思ってしまった。」
「そうして二人でここら一帯の土地を買占めたものの、そこからが一番大変だった……」
「木、木、木。退治しても退治しても生えてくる雑草。どろどろの沼地に隠れた底無し沼……整地だけで何年かかったか……」
2人は黙ってグラスを傾け、自分達がまだ若かったあの頃へと思いを馳せた。
「ところが整地を終えたところで金が尽きた。そこで二人とも一旦ここを離れて金策をすることにして……そうしたら1年後君がマフィアから追われるようになっていて……」
「それで私の戸籍を消して秘書ということにしたんでしたね。」
「ああそうだ……君、一体どうやってあんな大金を手に入れたんだい?あれ以来気になって仕方が無いんだ」
「言わぬが花、と言うでしょう。私は墓まで持っていきますよ」
秘書はにやりと笑ってグラスを口に運ぶ。
「ならもう聞かないでおこう」
社長は自分のグラスに酒を注ぐ。
「何はともあれ君の金のおかげで、大々的に投資を募ることが出来た。それからは一気だった。『完全自動循環都市』……人々が皆好きなように生きることができ、労働は食料生産から都市清掃まで全てロボットが担い、都市自体が自己修復を行なう夢の都市……その言葉の魔力は凄かった」
「世界の富豪がこぞって金を放り出してきてくれたおかげで、数年で入居可能な状態にまでなりましたね」
「ああ。それから長い時間をかけて、増築をくり返し、システムを拡充し……今やリサイクル率は百パーセント。食物は全て人工品となり、動く歩道に乗ってベルトコンベアで流れてくる商品を取るのが『ショッピング』になった。」
「壁はどんな所の風景も映し出す窓となり、娯楽は仮想現実にたっぷりと用意されている……まさに夢の世界ですね。」
「うむ。そしてその夢の世界は今日行われる最後の増築をもって完成する……そしてそれもあと少しで終わる……素晴らしいとは思わんかね」
社長は至福の顔で、グラスを口に近付けた。と、秘書がはっと顔を上げた。
「揺れていませんか?」
「なに?揺れ?」
社長がグラスに目をやる。確かにグラスの中で酒が小刻みに揺れていた。
「しかしこの辺りでは地震は起こらないはずだろう?なぜ――」
轟音がビルを揺らした。窓が吹き飛び、社長は椅子から転げ落ちる。窓を見ると、ジャングルの向こう、巨大な山の頂上から、巨大な噴煙が上がっていた。
「そんな、バ――」
都市は、瞬く間に火砕流に飲み込まれた。その数日後、雨が降り始め、しばらく降り続けた。都市は完全にセメントで固められた。都市は地図からは抹消され、火山ガスとジャングルによって人の近付けぬ土地となった。その数ヶ月後……
『キドウ』
ブザーの音が鳴り響く。ガリガリガリと音が鳴り、道を埋めるセメントに穴が空いて、中からロボットが飛び出した。ロボットは次々とセメントの中から飛び出して、セメントをガリガリと削り始める。
数ヶ月間、その音が止むことは無かった。その音が止んだ時、都市にセメントの面影は全くなく、太陽の光を浴びて真っ白く輝く栄光の都市の姿を完璧に取り戻していた。
ベルトコンベアの上を商品が流れ始め、倉庫人工食物が作られ始める。商品や食物は消費されることなくだんだん傷んでいって、遂にはゴミ処理ロボットに回収され、リサイクル施設へと回される。そうして再び商品や食物となって、ベルトコンベアや倉庫に現れるのだ。
リサイクル率は百パーセント。資源が尽きることは無い。滅ぶ間際に完成された夢の世界は、自己修復を繰り返し、人の寄れぬジャングルの奥で、白く、白く、輝き続ける。永遠に、永遠に、回り続ける。
回り続けるマチ 蛙鳴未明 @ttyy
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