親友と2人

 椿との約束の日になった。

準備ができた橘は、椿に連絡を取り玄関で椿を待っていた。

「椿とまた、昔みたいに笑い合えたらいいのにな……」

スマートフォンのロック画面を見つめていると、椿の車が到着した。

「よぉ、昂鷹」

「おはよう、椿」

「行くぞ。早い方がいいんだろ?」

「ああ」


 橘が車の助手席に乗り込んだのを確認し、椿は車を発進させる。

「ねぇ、椿」

「あん?」

「タバコ無いかい?吸いたくて」

「あー……ライターと一緒にダッシュボードの中にある」

「ありがとう」

「お前、タバコ吸うんだな。吸わないと思ってた」

「ちょっとね」

タバコを口に咥え、ライターで火をつける。

ふうっ、と息を吐き出す。

「ガキの頃はタバコは健康に悪いから吸わねえとか言ってたくせにな。ハッ、笑えるぜ」

「本当は、タバコは好きじゃないんだけど」

「あ?だったら何で……」

聞こうとして、椿は口籠る。

橘が、今までに見たことのないような悲しい顔をしていたからだ。

「椿。椿は、私が死んだら、悲しむかい?」

「……寝覚めは悪いだろうな」

「……そうか。……何だか、前にも聞いた気がするね。この質問」

「ああ、高校の時か」

「あの頃みたいに、椿とまた笑い合えたらなって、ずっと思ってるんだ」

「……」

「椿には、申し訳ない事をしてしまった。許される事ではないだろうね。でも、こうするしか、方法が無かったんだ」

いつもより椿の眉間にしわがよっている。

怒らせてしまっただろうか。

でもそれは仕方ないか、と橘は思う。

「椿。もし、私が全て終わらせて、自由になれたとしたら。また、友達になってくれないかな。友達をやめるって自分から言っておいて、勝手な事だっていうのは、分かってる」

「……全てって、何なんだよ。どうして、俺に何も話してくれないんだよ」

「それは……」

「なぁ、」

「……ごめん。言えないよ」

幼馴染で親友だった人が殺し屋をしていた、なんて言われれば、きっと椿は悲しむだろうから。

「……」

「苦しむのは、私だけで充分だ」

今は大和にも殺し屋を手伝ってもらっているが、いずれは彼にもこの事を忘れて、自由に暮らしてもらおうと考えている。

ふと隣を見れば、涙を流す椿の姿が。

「つ、椿……!?どうして泣いて……」

「どうして泣いてる、だ!?俺がお前の事どれだけ考えてたか、分かってんのか!?」

「……ご、ごめん」

「……チッ。だからお前の事、嫌いなんだよ。自分で全部背負い込みやがって。ふざけんな」

「でも……」

「言い訳なんて聞きたくねぇよ」

その後、何も会話が無いまま目的地へ着いた。


 車を降りると、椿に胸ぐらを掴まれる。

「いいか、俺はあの時の事、まだ許した訳じゃねぇからな。友達やめるって言って姿消しやがって」

「……」

「その癖、急に俺を呼び出して身を守る術を教えてほしいだとよ。付き合う俺の身にもなれ」

黙り込む橘に、椿はため息を吐く。

「……今が無理なら、ぜってぇいつか話せよ。隠さずに全部」

「うん。全部話すよ。約束する」

「ならいい。行くぞ」

椿の後に続いて行くと、そこはジムだった。

「流石に警察の施設借りるわけにゃいかないからな。俺がよく通ってるジムだ」

「ジムなんて通ってたのか」

「身体鍛えないとやっていけねーからな」

「まぁ、そうだよね」


「さ、腕試しと行こうぜ、昂鷹」

ファイティングポーズを取る椿に、橘も同じく取る。

「ああ」


 少し相手しただけで分かる。

警察官である椿に劣ってはいるが、それでも橘の実力は本物だ。

こいつ、いつの間にこんなに強くなってたんだ。

「あー……」

「椿?」

「いや、俺から教えられる事は何も無いなと思ってよ」

「え?」

「お前、警察官くらいの実力はあるぜ」

「そ、そうかな」

「ああ」

どんな練習をしたのか知らないが、一般人がここまでやれるとは思わないだろう。

教えられる事がない為、これ以上相手をしても時間の無駄だ、という事で、これで終わりにする事にした。

「もう少し鍛えねーと、こりゃ昂鷹に負けちまうかもな……」

「そんな、謙遜だよ。椿の方が強い」

「ははは……」

しかし、それ以上強くなって何から自分を護りたいのだろうか。

そんな事を考えつつタオルで汗を拭いていると、椿は背後からやぁ、と声をかけられた。

「げっ。兄貴。来てたのか」

椿に向かってにこやかな微笑みを向けている男性は、齋藤冬魔さいとうふゆま。椿の兄だ。

「椿。腕を上げたようだね」

「あー、どうも」

「彼は?」

「昂鷹だよ」

「ああ、橘くんか。見ない間に随分と成長したねぇ」

「早く帰ってくれねーか?恥ずい」

「あはは、本当に椿は恥ずかしがり屋さんだね。分かった。帰ることにするよ。……にしても椿」

「あん?」

「橘くんは何の仕事をしてるんだい?」

「営業会社の社長してるって聞いたぞ」

「ふーん……分かった。ありがとう」

「何で急に?」

「ああ、こっちの話。気にしないで」

「そうか。じゃあな」


 椿と別れ、車に乗り込む冬魔。

「橘昂鷹くん……営業会社の社長、か。彼には何か秘密がありそうだね」

確信はないが、冬魔の刑事の勘がそう告げている。

「少し、彼の事を調べてみた方が良さそうだね」

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