サソリと鷹
女性を殺してから数日が過ぎた。
会社帰りの黒澤は、苛立ちを募らせながら暗い道を歩いていた。
それもそのはず、つい先日に人を殺したばかりだというのにまた人を殺すことになるからだ。
『依頼が入ったよ。
ローグから送信されたメール。
人殺しなんてしたくないのに、勝手に依頼を引き受けては自分に回してくる。
自分でやれ、と殴ってやりたくなるが、それをしても無駄だという事を黒澤は知っている。
それに、自分はあの男には逆らえない立場なのだ。
"パパ、みてみて!上手でしょ?えへへっ"
脳裏に浮かんだのは、息子である律の嬉しそうな顔。
「律。待っててくれよ。必ず、あいつを殺してお前を救い出すから」
と言っても、ローグについて黒澤はほぼ何も知らない。
涼介に「ローグについて調べてくれ」と頼んだが、何か情報は入っているだろうか。
少しの期待を抱きながらバーに入った。
「お、在真か。いらっしゃい」
話しかけてきたのは、
バー『マーリン』のマスターであり、黒澤のような裏社会の者に情報を渡す役割も果たしている。
「調べた結果、どうだった?」
質問をし、涼介の反応を伺うが、あまりよい返事でないことを察した。
「残念だが、わからなかった。あまりにも情報が無さすぎる」
「そうか……」
情報が入らないのは残念だが、いちいち凹んでなどいられない。ダメ元で頼んでいたのだ。
「頑張って調べてるから、もう少し待っててくれないか」
「……ありがとうな」
「うん。せっかく来たなら、何か飲んでく?」
「そうするよ。おすすめので頼む」
「了解」
少しして、涼介がワインを出してきた。流石マスター。仕事が早い。
「やっぱり涼介のワインは美味しいな」
「へへ、いつもありがとうね」
涼介から出されたワインを飲みながら今日を振り返る。
何も無い平和な日だと思っていたら、ローグから依頼が来てしまった。
明日から捜査をしなくてはいけない。面倒だ。
しばらく考え、ふと気がついて腕時計を見ると、もう11時になろうとしていた。今日はもう帰ろう。
イスから立ち上がると、カランカランと鈴が鳴り、1人の男が入ってきた。
「いらっしゃ……あ、
——コウヨウ?まさか、な。
一瞬依頼の内容を思い出したが、きっとこの男ではない。
物腰が柔らかく、礼儀正しそうな男性だ。
涼介と知り合いなのか、こうようと呼ばれている。
背は黒澤より少し高い。
「隣、いいかい?」
黒澤が頷くと、男は隣の席に座ってワインを頼んだ。
今日はもう帰るつもりだったが、なぜかこの男に興味を惹かれ、再び椅子に座った。
黒いスーツに身を包み、紺色のネクタイをしている。
どこかのエリート社長に見えるが、黒澤は違うと思った。
自分と似た仕事をしているんだと、直感的にそう感じた。
この男も、自分と同じく道を間違えてしまったのだろうか。
それとも、何か事情があるのか。
「お前、殺しの仕事をしてるのか?」
なんとなく、そう聞いてみた。
しかし、男は何事もなかったかのように出されたワインを飲んでいる。
——まぁ、殺しの仕事をしてるのか、なんて聞いてはいって言う人なんていないだろう。
そんな事を考えていると、隣の男がフッ、と笑みをこぼした。
「何故笑う」
「面白い質問をしてくるなと思ったんだ。いきなり、殺しの仕事をしてるんですか?なんて聞いてくる人に初めて会ったよ」
「悪かったな」
「もし、私が殺しの仕事をしている、と答えたら、どうするつもりだったんだい」
「どうもこうも」
ただそんな気がしただけだ、と黒澤が言うと、男はまた笑った。
「君、やっぱり面白いよ。今日はここに来た甲斐があったね」
「俺に会えただけでここに来た甲斐があるのか」
「ああ」
そんなものか、と思っていると、今度は男の方から質問をしてきた。
「君、名前は?……ああ、言いたくないなら無理に言わなくてもいい。あまりここで見かけない顔だから気になってね」
「俺は、黒澤在真」
「黒澤在真。ふふ、いい名前だ」
黒澤は、何故かこの男の事をもっと少し知りたいと思い、この男が帰るまで店にいる事にした。
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