黒サソリ

黒サソリと飼い主

 黒澤の視線の先に、先程まで生きていた女性の死体が横たわっている。

「俺は、何をやっているのだろうな」

 誰に聞くともなく、呟く。

任務を終えた後、黒澤はいつも後悔をしていた。


 ——こんな事をするべきじゃない。頼れるところに相談をすればいいだろう?

殺し屋なんてしていたら、律に合わせる顔がないじゃないか。


「律……」

 普通に働いて、休日は息子である律と遊んで。

そんな毎日を、過ごしていたかっただけなのに。

『ローグ』と名乗る男が来てから、全てが狂っていった。


 * * *


『黒澤君。君には今から殺し屋になってほしいんだ。依頼を受けて、人を殺す。どう?簡単でしょ?』

 簡単でしょ、と言われても、黒澤は人を殺す技術など持ち合わせていない。

別な人に頼めばいいだろう。

毒を使えるからと言って、人殺しに使いたいわけじゃないのだ。

毒を使える能力なんてなんの役にも立たない。

せいぜい蜂とかの害虫を駆除できる程度だ。

それに、何の罪もない人を殺すことなど、馬鹿げている。

 どうしてそんな事をしなくてはいけないのか、黒澤には理解できなかった。

返事ができずに黙り込んでいると、ローグは低い声でこう告げた。

黒澤在真くろさわあるま。毒を操ることができる。お前以上に適任はいない。やってくれるよな?断ったら息子こいつがどうなるかくらい、利口なパパならわかるだろ』

そもそも、彼は何故自分達の名前を知っているのか。

どこから自分達の情報を仕入れた?

ローグの正体は謎に包まれていた。


 * * *


 パパ、パパ、と助けを求める律の声が耳に響き、現実に意識が引き戻された。

「報告、するか」

 気が乗らないが、律を守るためだ。

そう自身に言い聞かせ、ローグの番号へ電話をかけた。

『お、黒サソリさん?依頼、大丈夫そうかな』

「今終わった。それより、律は無事なのか」

『君の息子くんならそこに座ってるよ』

 電話越しに、呻き声らしき声が聞こえてくる。

もしや、律は暴力か何かを受けているのか。

「お前、律に何をしている。答えろ」

『何って、お父さんのお話を聞いてるだけさ』

「暴力を振るっているんじゃないのか」

『教育だよ、教育』

 スマートフォンを持つ手に力が入る。この男は、どこまで人を弄べば気が済むのか。

「お前っ! 律に何かあったら……」

『僕を倒す、って? それはやめておいたほうが君達の身の為だよ。君の息子くんがどうなってもいいなら別にいいけど』

「……」

『また依頼があったら連絡する。じゃあね』

 通話が終了し、ツー、ツーと音が鳴っているスマートフォンを握りしめる。

「クソッ!!」

 早く、あの男の居場所を探さなくては。律が危険だ。

 しかし、今の自分では居場所を掴む事ができない。

「どうしたらいいんだ……俺は」

 とりあえず、ここから立ち去ろう。黒澤はその場を後にした。

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