第8話 百合好きの人たち:妄想係と創作係
「さっきからニマニマしてどうした」
「ん~?へへっ、実乃里の生涯に一片の悔いな――しじゃないけど、眼福だったのだぁ~」
「??」
相も変わらず思考が読めない実乃里と歩く通学路。
言うまでもなく理央は私にベッタリだ。私の左腕を両腕でガッチリと掴んでいるせいで、理央の未成熟だが柔らかさのある胸が肘に当たってしまう。
この子は気にしないのだろうか。
「意味不って顔だねぇ」
「まぁ意味不だけど」
「実はこの瞬間だって尊みの塊なんだよ~?私、愛ちゃんと理央ちゃんの命に感謝してもし足りないくらいだよ~!」
頬が緩みっぱなしの人はともかく、気にしないといえば私も変わったのだろう。
入学式の翌日、私たちは初めて一緒に登校した。それは小学校を卒業してからは、という意味だけど。何回も登下校を共にするうちに、私も周りの目を気にしなくなったように思う。
「小学生の頃も手を繋いで登校したもんだけど」
思い返すは四年も前の話。
私が小学六年生で、理央は三年生だった。このくらいの歳頃なら、兄妹姉妹で手を繋いでも微笑ましい光景に過ぎなかった。
「お姉ちゃんが中学に入学してからは行けなかったもん」
「そうだよー。あの頃は普通の仲良し姉妹って感じだったね~」
「今だって仲良し、超仲良しだよ、実乃里ちゃん。わたし好きだもん!」
「そう、だけど~」
私が思い出を懐かしんでいる間に、反対側にいた実乃里が理央の側に移って耳打ちしていた。
「お姉さんには分かってるよぉ。理央ちゃん、そういう意味でって言いたいんでしょ?」
「そ……」
理央の顔が、ぼんっ!
顔に紅葉を散らしているわけだけど、実乃里は可愛い妹に何を吹き込んでくれたのか。
「安心なさい理央ちゃん。私がいついかなる時も君をサポートしてあげちゃう!」
ニマニマした表情から目標を達成した人のそれに変わる実乃里のテンションに、私は着いていけない。
一人でいろいろ言って一人で勝手に満足しているし、理央は理央で両頬を押さえたまま無言になっちゃったし、私はどうすればいいのか分からなかった。
◇
帰りのホームルームが終わった教室は、掃除を始めるため当番以外の人は早々と教室を出る。
私もその一人で、掃除当番ではないし先生に用があるわけでもないからすぐに出る。
「実乃里、帰ろう」
いつもの流れで実乃里を誘う。
「あー、今日は行きたい所があるんだよねぇ」
残念、振られてしまいました。
「行きたい所?」
いつもスルーする質問に、珍しく聞き返してみる
中学の頃に比べて二人(ここしばらくは理央もいれて三人だけど)で帰らないことが少し増えた。ほぼ毎回「行きたい所がある」という理由。
それ自体は実乃里の自由だけど、そういえばその行きたい所ってどこなんだろうな、とは思っていた。
「おー、来るかい?興味ある?」
「ある、といえばある」
興味はあるし、理央から掃除当番と職員室に用事で少し遅くなるという連絡が来たばかり。食材の買い出しでスーパーに寄るという話だから、学校内で待ち合わせをしようという話になっている。
それまで時間を潰すには良さそうだ。
「よしわかった。私についてくるのだ~!」
「お疲れちゃん!」
「待っていましたぞ実乃里殿!お、そちらは?」
「この人が例の愛ちゃんだよ~」
実乃里の案内で連れてこられたのは、漫画研究会の部室だった。
例の愛ちゃんとは?
「芹は水沢芹、漫画研究会所属!芹でいいよ」
「よろしく、芹ちゃん。私のことは上の名前でも下の名前でも」
芹と名乗る人物に挨拶する。
片手でフワフワした髪を弄りながら、もう片方の手は机上でシュッシュッと忙しなく動いていた。
「今日も精が出るねぇ」
「実乃里殿だって見たでしょ!深夜帯に呟かれたあの尊いイラストを!」
「あったりまえだよ~。眠気がブラジルまで吹っ飛んじゃったもん」
……おや?実乃里の話が通じている?
通じているというか、相手も同等の熱量で返答しているから、この二人だけで完全に別世界が構築されている。
「今月も雑誌ダッシュで買いに行かないとなぁ~」
「フッフッフ、芹も電子書籍ですぐ買いますぞ!」
あぁやっぱりこの人もテンションがおかしい。きっとあれは仲間内で気分がアゲアゲになるタイプの人たちだ。たぶん見たことある。
「ということだよ愛ちゃん。分かった~?」
「この光景で私に何の理解を求めているのかは知らんけど、実乃里と芹ちゃんが仲間なのは分かったよ」
「愛さん正解!」
思ったままに言ったら、芹ちゃんが勢いよく立ち上がって言った。
「実乃里殿と芹はなんと!百合の同志であるのだ!」
「百合?」
百合。百合の同志……?
電子書籍とか言っていたけど。
「あ、百合ってジャンルの百合ってこと?」
「そう!」
そうだ、思い出した。ネットサーフィンをしていた時に「百合」なる言葉が出てきたことがある。秀麗な女の子二人のイラストとともに。
結構前のことだし、私はゲームも漫画も人並みにする程度なので調べたことはなかったけど、私の認識は合っていたようだ。
ということは、時々なんか実乃里がニヤニヤしていたのは、百合が関係していたということか。
「それでね愛さん、ちょっとインタビューよろしい!?」
「い、インタビュー?」
やたら興奮気味に詰め寄られ、私は思わず身体を引いてしまう。
「お姉ちゃーん!!お待たせ――って誰、その女の人ー!?」
謎のインタビューが始まろうとする直前、理央が漫研の部室に入ってきた。
互いの鼻先がくっつきそうなほど近い芹ちゃんを見て、理央の口から浮気現場に遭遇してしまった人のようなセリフが出た。
彼女にとっては最悪のワンシーンであろう。
「やっほ~、理央ちゃん」
「実乃里ちゃんにお姉ちゃん、これはどういうことなの!?」
「理央が考えているような事態じゃないから落ち着きなさい」
「世紀の大事件だよ!お姉ちゃんは渡さないんだからああ!」
「あ、え?ちょっと!?」
状況説明をする間もなく、私は妹に引っ張られて挨拶もできないまま部室を出た。
笑顔のまま手を振っていた実乃里も、ペンとメモ帳を構えていた芹ちゃんも、部室を去る時の私たちを生温かい目で見送ってくれた。
君たち、その顔は妄想する時のやつだね?
私はそれどころじゃありませんよ。
「理央、慌てなくても大丈夫だからね?あの子とは初対面だよ」
「初対面でもお姉ちゃんには魅力があるから不安にもなるの!」
あう。泣き出してしまいそうな理央を前にすると、後ろめたさのようなものが……。
「理央……不安にさせてごめんよ。でもそう思ってくれてるのはありがとう」
理央の言っているような魅力があるとは思えないけど、理央がそう思っているならわざわざ否定してやる必要はない。
頭を撫でてあげると目元の涙が引く。分かりやすい子だ。
「よしよし。不安になった分、今夜は一緒にお風呂に入ってあげよう」
「うん!」
良かった、いつもの元気いっぱいな理央に戻ってくれた。
やっぱり理央は笑顔がいちばんです。
◇
漫研の部室にて。
「実乃里殿のおっしゃる通りでしたぞ!あの百合力は世界一いいいぃぃぃ!」
奇妙な冒険をしていそうな某作品の一言を発した芹。
他の部員たちが芹に注目して、変な空気には――ならない。またか、と苦笑いを浮かべるだけだった。
「芹ちゃん、他にも人いるから静かにね~……」
「おう、す、すまぬ。しかし妹さんのあの反応、一目で分かってしまうほどのキレの良さ!あああああ、創作せずにはいられない!」
「分かるー。私も妄想がアンストッパブルだよ~」
百合を好む者として、大神姉妹ほどの百合度を誇るカップリングには滅多にお目にかかれない。
百合を好む仲間として、死んでもあの二人を見守ろうと誓うのだった。
最近妹がグイグイくるんだけど、どうするべきか教えてくれ~お姉ちゃんっ子の域を超えてる説~ 星乃森(旧:百合ノ森) @lily3
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