手のひらのタイムカプセル

 部屋の荷物を整理していたら、懐かしい携帯電話が出てきた。

 高校生の時に初めて買ってもらった携帯電話。


 そうそう。折れるタイプだったよね。懐かしいな。

 充電器も近くにあったから、久しぶりにコンセントに挿してみた。


 少しすると電源が入り、いま見るととても小さな画面に時間が表示された。


 操作は覚えているかな?

 十字方向のボタンを上下左右に押して、真ん中で決定。

 ……うん、だいたい覚えてる。


 まず初めに「連絡先」を見た。

 登録されていたのは高校の友人たちの名前だけ。

 あの頃のまま、時が止まっていた。


 そっか。あの頃はまだ、これだけしか連絡先が入ってなかったんだね。

 すごく狭い世界だったのかもしれないけど、私にとってこの連絡先に入っていた人たちだけが世界の全てだった。


 だんだん操作方法も思い出してきた。

 慣れてきたところで、あの頃、毎日のように繰り返してきた操作をした。


 手始めに「写真フォルダ」を開くと、友達と撮った写真がたくさん出てきた。

 みんな若く、その瞬間を思いっきり楽しんでいる笑顔で溢れていた。


 「別フォルダ」の中に、隠すように保存されていたのは、初めてできた彼と撮った写真。

 記憶の中の彼と変わらない、懐かしい顔。そしてその隣にいる幸せそうな私。

 二人で撮った写真を何枚も切り替えるたびに、その時の淡い恋心がよみがえってきた。


 次に「メールフォルダ」を開いてみる。

 友達とのショートメールがたくさん出てきた。

 顔文字、駆使してたっけなぁ。言葉足らずでケンカしたこともあったっけ。

 毎日毎日ホントに飽きずにやりとりしてたなぁ。


 そして「別フォルダ」にこっそり入れられていたのが、あの初めての彼とのメール。


 メールの文面には、気持ちを伝える言葉をたくさん知らなかった分、ストレートな想いが込められていた。

 お互いに不器用ながらも、数え切れないほどのやりとりを繰り返していた。

 懐かしい、初々しい、シンプルだけど大切で、振り絞った言葉の数々……

 私はもうあの頃の思い出をだいぶ忘れてしまっていたけれど、この携帯電話がちゃんと覚えていてくれた。


 彼専用のフォルダの一番下には、最後に届いたメールが残されていた。

 そこにはひと言だけ「待ってて」と書かれていた。

 最後に届いていたのは、忘れてしまっていた懐かしい約束。

 そっか……いまわかったよ。この携帯は、あの頃の私の宝箱だったんだ……


 ――この宝箱の中には、もう戻ることができないキラキラと輝いた日々も、笑顔も、思い出も、好きという気持ちも……たくさんの宝物がしまい込まれている。

 ……ギュッと握った手に、ポロポロと涙がこぼれた。


 やがて私は携帯電話をパタンと閉じた。

 そして、急いでコートとバッグを持って立ち上がり、家を出た。


 ――早く見せたい!

 私は彼が待つ“約束”が果たされた新しい部屋まで、手のひらのタイムカプセルを握りしめて走った。

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