リナリアの小さな庭
薪木燻(たきぎいぶる)
あの子は隣の席に座らない。それは呪いのせい。
小さい頃、僕は知らない女の人から呪いをかけられた。
「お前は一生、好きな子の隣の席に座れない!」
街の中で偶然会っただけの幼稚園児に暴言を吐くなんて、子供心に「変な人だ」って思った。
でも、今考えればあの人は彼氏に振られたばっかりで、幼稚園児だった僕に八つ当たりをしただけなんだと思う。
……だって昼間なのに酒臭かったし、泣き顔だったし、服もボロボロだったし。
でもそんな事情は幼稚園児だった僕にはわからない。
――それからその呪いは、ずっと僕の頭の中から離れなかった。
漫画にしても、アニメにしても、ラブコメといえばヒロインはたいてい主人公の隣の席に座っている。
そして、ちょっかいを出してきたり、横顔をじーっと見つめてたり。笑いあったりして、気になる男子との関係を育んでいく。
だけど結局、僕はその呪いのせいで、小学校、中学校、高校の間ずっと、気になる子は隣に座ってくれなかった。
出席番号順だったり、くじ引きだったり、いろいろあったけど、絶対に僕の隣の席には座らなかった。
僕には小中高と9年間、ずっと同じクラスだった子がいる。それが僕の気になる子だ。
いや、もうここまで来ると「気になる子」じゃない。――僕の好きな子だ。
隣の席になってくれることをずっと夢見ていたけど、呪いのせいで一度も隣の席になったことはないし、彼女との距離が縮まることもなかった。
僕にはラブコメや恋愛ストーリーのような、ビター&スイートな物語は始まりもしなかった。
そして、いつの間にか明日は高校の卒業式。
「もうこの教室に来ることもなくなるのか……」
誰もいない教室の入り口に立った僕は、あの子の席を見つめていた。
「……結局最後まで、隣に座ってくれなかったな。」
僕は自分の席に座り「もし隣にあの子がいたら」と想像してみた。
朝おはようって言ったり、授業中、他愛もない話をしたり、文房具を貸し借りしたり、悩みを共有したり、そしてもっと好きになったり……。
それができなかった自分が可愛そうに思えたら、ポロポロと涙が出てきた。
……もっと話をしたかった。もっと一緒の時間を過ごしたかった。もっと思い出を作りたかった。
でもそれは隣の席じゃなかったから。僕のヒロインじゃなかったから……。
――いや、それは口実だ。
僕はなんで動かなかったんだろう。想いを伝えずにいたんだろう。
隣の席なんて関係ないじゃないか。
――そっか。――僕は自分で自分に呪いをかけていたんだ。
僕は駆け出さずにいられなかった。
そして、高校の卒業式。
学校の校門に立つ僕の隣には、あの子が。僕のヒロインが立ってくれた。
――それから10年、リビングのソファの隣には、笑顔のあの子が座っている。
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